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【長編小説】無限人格少女①

「丁度良い洋盃が何處に行っても見付からないのだ 如何して

 こんなにビルも道路も 増えて居るのに

 飲むでも飲み切れぬ壜で不条理を凝視せよ」

                  ――椎名林檎『宗教』


第一章


       1


 僕はなにも悪くない。

 これまでの人生で、人を殴ったこともなければ、盗みをはたらいたこともない。一度もない。ただ、おとなしく暮らしてきただけだ。

 友達もおらず、趣味は人間観察。少し髪を切っただけでもわかるし、表情の微妙な変化も読み取れる。特技はそれぐらいしかない。悪さをしたことはない。

 それなのに、僕は監禁されている。あまりにも理不尽な仕打ちだ。

 ここは地下室に違いない。コンクリート打ちっぱなしの壁が四方を取り囲んでいる。窓はない。家具もひとつも置いていない。天井に取り付けられた蛍光灯が、無機質な空間を照らしている。さきほど調べたが、ドアには鍵がかかっていた。

 灰色の密室に、僕は閉じ込められている。

 高校からの下校途中、背後から頭を殴られて気絶した。目を覚ますとここにいた。

 僕はドアを押したり、引いたり、体当たりしたりしてみた。頑丈なつくりになっていて、ドアは微動だにしない。四方の壁をたたき、大声で助けを呼んだ。のどが枯れるまで続けたが、だめだった。

 スマホで助けを呼ぼうと思ったが、無理だった。スマホの入った僕のバッグは取り上げられていた。そもそも地下室だろうから、電波が届くかどうかすら危うい。

 腕時計を持っていないので、いま何時なのかもわからない。したがって、僕が犯人に襲われてどれだけ時間が経過したのかもわからない。

 頭が痛かった。何か硬いもので殴られたのだろう。中途半端に固まった血が後頭部にこびりついている。はやく病院に行くべきだ。そのためにはここから脱出しなければならない。

 どうしようもなくて、狭い部屋のなかをぐるぐる歩いていた。

 静かな時間は、唐突に終わった。

 打撃音。

 蹴り開かれたドアが壁にぶち当たったのだ。

 そこにいたのは僕のクラスメイトだった。

 環綾子(たまきあやこ)。

 ぼさぼさの髪からのぞく目は、狂気の色をしていた。

 制服は汚れていて、リボンはほどけかかっている。

 環が僕を殴り倒し、拉致監禁したのか。環はクラスの誰からも好かれる、明るい性格の女の子だ。こんな僕にもやさしく接してくれる。それなのになぜ――。

 趣味が人間観察の僕にとって、環の表情の変化を読み取るのは、造作なかった。環綾子が環綾子でなくなっている。そんな気がした。

 環は僕に歩み寄った。僕は逃げることも、逆に攻撃することもできずに立ち尽くした。

 僕は混乱していた。誰もがそうなるだろう。そして、環はさらに僕を混乱させる行動にでた。

 おもむろに平手打ちをはなったのだ。

「この生き腐れ!」

 という言葉とともに。

 僕は頬を押さえ、環を見返した。どういうことだ。〝生き腐れ〟ってなんだ?

「四ノ宮誠(しのみやまこと)」僕は自分の名前を呼ばれて、どきっとした。「あなたは腐ってる。生きている価値のない唾棄すべき存在ね」

「いきなり、何なんだよ……」

 ひさしぶりにだした声は、情けないほどにか細かった。

「陳腐なセリフね。あなた夢は?」

 急カーブする会話についていけなかった。

「夢はあるかと聞いているのよ」

「……だ、大学に合格すること」

 現在高校三年生である僕の回答は、極めて模範的だったと思う。

「その先は?」

「えーと、会社に入ることかな」

 これも模範回答だと思う。

「なるほどね、あなたの人生を要約しましょうか。これからまあ適当に勉強して、適当な大学に入ったあと、適当な会社に入り、適当な女と結婚して家族をつくり、適当に幸福な人生を送る。これで間違いないかしら?」

「間違いないと思う」

 急に具合が悪くなってきた。これは気のせいじゃないだろう。

「あなたは本当にそれでいいと思うの? そんなありきたりな人生でいいと思うの? 無数の物語で書き綴られ、書き尽くされたであろう、凡庸な人生を送ることが、本当にあなたの幸福なの? 違うでしょ?」

 肯定も否定もできずに、僕は押し黙った。

「そうね。あなたは決断できない。全てをうやむやにしたまま、灰色の人生を送っている。白なのか黒なのか、はっきりさせない。そうやって、自分に嘘をついて生きている。はたから見ててわかるわ。あなたはひどくつまらなそうに生きている。友達と遊ぶでもなく、部活に励むでもなく、ただ黙々と授業を受け、ノートをとり、休み時間には図書室で本を読んでいる。だから、あなたを生き腐れと言ったのよ。私はそんなあなたを見てうんざりしていた」

「だから僕を襲ったのか」

「そう、衝動的にね。あなたのしょぼくれた後ろ姿を見てぷっつんきて、思わず近くに落ちていた大きめの石を拾って、頭にがつん。やばいなと思って、私の家まで引きずり監禁しました。それが何か?」

「犯罪だろ、明らかに」

「そうね」

「僕が通報すれば、君は逮捕される」

「そうね。でも、やってしまったことはしかたがないし、それ以前にやってやろうと思っていたのよ、常々。行動は衝動的であったにしてもね」

 環の目は狂気に溢れていたが、それは強烈な生気でもあった。

 環は生きていた。確実に生きていた。この現実を支配していた。環は平凡な高校生とは一線を画していた。

 環は輝いていた。あまり綺麗な色ではなかったけれど。

 僕は少しだけ、環に畏敬の念を抱いた。

「あなたに目をつけていた。唾棄すべき日常を、唾棄すべきだと認識できる人間は、意外と少ない。私とあなた以外のクラスメイトは、どうでもいい人生を適当に暮らせる能力を持っていた。私には信じられない能力。どんな異能にも勝る能力。だけど、唾棄すべき能力。無数の人間が持っているから。ただのコピペだから。あなたは気付いていたわね。私は完全に気付いていたけど、あなたは半分は気付いていた。そうでしょ?」

 僕はうなずいた。うなずいてしまった。認めてしまった。環には気付かれていた。見透かされていた。僕も思っていた。あたりまえの日常がつまらなかった。だから、クラスの人間とはつるまなかった。ばれた。犯罪者の気分だった。犯罪者は環のほうなのに。

「私はとりあえずクラスメイトを、拉致監禁するということには成功したわ。だけど、私はこんなところじゃ終わらない。終われない。私は唾棄すべき日常を破壊する。そうすることで、私は本当の生を本当の幸福を得る。そして、日常を守るものに死と混乱を与えることで、逆説的に本当の生を本当の幸福を感じられる価値観を与える。それが私の思想、世界、そして私の未来」

 僕は、自分の考えを訂正する必要があった。僕は自分の周りにはおもしろい人間が存在しないと思っていた。だから本を読んでいた。おもしろい本を書いたのはおもしろい人間だ。

 僕は本を読むことで、間接的におもしろい人間とつきあっていた。それが環の言う唾棄すべき日常で、いやいや生きていくための薬だった。しかし不満はあった。もしもこんな本を書きえたようなおもしろい人間がすぐそばにいて会話できたなら。

 妄想は現実になった。すぐ目の前に間違いなくおもしろい人間がいる。

 思想をもった女子高生の犯罪者。

 環は両手を広げて言った。

「私は飛ぶ。日常という重力から解き放たれるために。あなたはどうする? 生き腐れとして生きていくのか、他のクラスメイトのような凡庸な存在になり下がるのか、それとも私といっしょに飛ぶのか」

 環の言葉のもつ魔力に、僕は吸い込まれていた。邪な神に魅入られたのだ。僕の視野には事実、環しかおらず、環以外のことは考えられなかった。

「僕は君についていく」

 環は僕のほおをなでた。


 その夜、僕はベッドの上で考え事にふけった。

 思考はいくらか冷静になっていた。

 僕はなぜ環にあんなにも罵声を浴びせられて、なお環の話を聴き続けたのだろう。すぐにでも環を押しのけ、あの場から逃げるのが賢明な判断だ。環にはそう思わせないほどのカリスマ性があったということか。

 環綾子。

 僕が閉じ込められた部屋は環の家の地下室だった。僕はあのあとバッグを返され自宅に戻るように促された。近いうちに凶悪な犯罪計画に着手するそうだ。そのときに僕に声をかけると約束した。

 頭の怪我については適当に言い訳して私がやったとは言わないように、と念を押された。当面、僕らは通常通りに学校に行き、その上で警察に悟られないように犯行を行うということだった。

 外は雨が降っていた。一日中、雨だった。

 僕はふだんは自転車通学なのだが、雨がふったときは徒歩で学校に向かう。もし晴れていて自転車で学校に行っていたら、背後から環に襲われることはなかったのかもしれない。

 少し過去を回想する。

 拉致監禁後、ずぶぬれになって家に帰った。襲われて落とした傘が見つからなかったのだ。誰かに盗まれたのだろう。

 家に着いたのは午後十時だった。母さんは心配していた。僕は友達と遊んでいたという歯切れの悪い言い訳をした。頭の傷は気付かれなかった。髪の毛で隠れているからだ。

 夢のような出来事だった。しかし、それが紛れもない現実であることを、頭の傷の痛みが悟らせる。


       2


 吐いて捨てるほどの自然がある埼玉県北部の田舎町、富松市(とまつし)に僕は住んでいる。山を切り拓いたところに家が建っているため、玄関前が急斜面になっている。自転車は斜面を下り、自動的に僕を学校に運んでくれる。なんというエコだろう。

 五月十日金曜日。今日は快晴だった。

 うっそうとした森林から学校がのぞく。県立富松高校。僕はため息をつく。まるで、毎日が林間学校じゃないか。

 教室に入る。環綾子は笑顔を振りまきながら、なかよしの女子ときゃきゃっと話していた。

 昨日の狂気はどこにいったのだろうか。表面的に人当たりのよいクラスメイトを演じているだけにすぎないのか。学校生活は普段通りに送るという話だったから、環は仮面を被っているに違いない。

 そんな環に配慮して、話しかけるのは放課後にした。僕は環の犯罪計画について詳しく聞いていない。クラスメイトが帰っていくなか、環は席から立たずにいた。僕は環の席に向かった。

 腕を組み、正面の虚空を見つめている。眉間にしわをよせ、口は堅く引き結ばれている。理由はわからないが、環は怒っているようだった。話しかけることがためらわれる。気まずい沈黙が降りた。

 最後のひとりが帰り、几帳面にドアをぴったりと閉めた。僕と環のふたりきりになった。

 環は机を両手で思いきり叩き、立ち上がった。

 僕はびくっとした。唐突に大きな音を出すことが、環のくせなのだろうか。だとしたら、即刻なおしたほうがいいだろう。

 環は僕をにらみつけ、言い放った。

「私に関わらないでくれませんか?」

 僕は時計が止まるとは思わない。秒針は休みなく動き続ける。だけど、そのとき僕の時間は確実に止まった。

「もう二度と私に話しかけないでください。昨日のことはなかったことに。日常を破壊するなんてバカみたいなことを考えずに、普通に生きて普通の日常を送ってください。それが幸福なんですから。あなたなりにうまく生きていってください。それじゃ」

 環は足早に歩み、ドアに手をかけた。

「待ってくれよ」

 僕は環を引き留めた。

「どういうことなんだ。昨日と話が違うじゃないか。気が変わったのかい?」

 というよりも――まるで別人じゃないか。

「ええ、変わりました。百八十度。気の迷いです。魔が差したんです。だから、もう気にしないでください。そういえば、頭の傷は大丈夫なんですよね?」

「まあ、大丈夫だけど……」

「おだいじに」

 環は教室から出て行った。僕はバッグをつかみ、慌てて環を追いかけた。

「ちょっと待ってくれよ」

「待ちません」

 環は振り返らずに言った。そのまま、廊下を歩んでゆく。

 僕は環に追いすがる。

「納得のいく説明をしてくれよ。僕は君についていくとまで言ったんだよ」

「知りませんよ、そんなことは。若気の至りってやつじゃないですか。あなたも、私自身も」

「僕が警察に通報したら君のしたことは全てばれるぞ」

 環はあたりを見回した。

「聞かれちゃうかもしれないじゃないですか」

「僕は本気だ」

「脅迫するんですね、私を。四ノ宮君は、そんな人じゃなかったのに。わかりました。言いますよ。言えばいいんですよね。本当のことを」

 環は僕の耳に口を近づけ、そっと言った。

「私、二重人格者なんです」


 僕らは青空の元にいた。風で環の髪が揺れた。その姿を日光が鮮やかに照らした。

 部活動にいそしむ生徒たちの掛け声が聞こえる。学校の屋上は平穏だった。ここなら誰にも話を聞かれることはないだろう。僕らは格子状の手すり越しに、なんとなく校庭を眺めていた。

「信じてくれないですよね」

「半分は信じてるよ」

「それ、信じてないってことですよ」

 環はひとつため息をついた。

「那月っていうんです。あの子」

「それがもうひとつの人格の名前か」

「現れたのは一か月前です。たまに身体を乗っ取られて、恐ろしいことをしようとするんです。私はいつも止めようとするんですが、だめなときもあります。あなたを襲ったときがそうでした」

「止めようとしたって……どういう状況なの? 想像がつかないんだけど」

「例えば、どんな人でも内面の葛藤ってありますよね。何味のアイスにしようか、みたいな。そんなふうに私の心の中で対決が行われるんです。意志が強いほうが勝って、身体を操れます。負けたほうは身体を操れないので、ただの傍観者にすぎません。昨日の私は油断しました。帰るときに学校の階段で転んじゃったんです。そのとき人格が交代してしまいました。あなたが傷を負ったのは私のせいかもしれません」

「僕が殴られたことを君のほうも知っているのか。那月っていう人格だけじゃなく」

「そうです。記憶はいっしょなんです。だから那月も私の記憶を知ることができます。あれ? もしかして二重人格のこと信じてくれてます?」

「非現実的だって気持ちはあるけど、昨日の君と今日の君が同じだとは思えない。だから信じてるってことになるな」

「よかった。私はじめて他人に話したんです、このこと。どうせ信じてもらえないって友達にも言えなくて悩んでたんです。ちょっと心が軽くなった感じ」

 環は無邪気に笑った。やはり、環のもうひとつの人格だとされる那月とは、全く違う印象だった。

「でも、なんで二重人格になったんだろう君は」

「綾子でいいですよ。あ、四ノ宮君の下の名前ってなんでしたっけ?」

「誠だけど」

「私を下の名前で呼ばなくちゃいけないんです。どっちの人格も環って呼ぶと、こんがらがっちゃいますから。だから、こっちもそうしないと。誠君、うん、呼びやすい名前ですね」

「えっと、君、いや綾子が二重人格になったきっかけってなかったのかな。大きなストレスを受けたとか……。言いにくいかもしれないけど」

「やっぱりあの事故ですかね」

 失念していた。これだから僕は女の子に好かれないのだろう。

 綾子は交通事故に巻き込まれた。四月の初めの出来事だった。ほんの一か月ほど前だ。

 春休みということで、綾子は両親とともに車で出かけた。

 両親はうわさによると、研究者らしい。春休みにも関わらず、綾子とともに仕事場である研究所に向かったそうだ。

 その仕事の帰り、冨松市内を走行中、事故は起きた。綾子の父親がハンドルをすべらせ、山の斜面に激突した。車は大破。両親はどちらも帰らぬ人になった。

 綾子ひとりが生き残った。後部座席にいたことが、命を取り留めた要因になったらしい。頭部を打って意識を失っただけで、大きな外傷はなかった。

 路面は良好だったし、対向車も障害物もなかったそうだ。綾子の父親は激務をこなしており、その疲労が事故の原因だと考えられている。

 綾子は一戸建てでのひとり暮らしを余儀なくされた。生活費は両親の保険金でまかなっているのだろう。

 僕は空気が読めなかったことを謝罪した。

「いいんです。あんまり悲しくなかったんです。お葬式でも泣きませんでしたから」

 綾子は遠くを見て語った。

「両親は過干渉で、教育のことにうるさいんです。私の自由を拘束するばっかりで。たまに旅行に行くぐらい。悲しむほどの思い出はなかったんです」

 そういえば、綾子は両親を失ったにも関わらず、学校で明るくふるまっていた。僕は無理をしているのだと思っていたが、そうではなかったということか。

「でも、どこかでストレスになっているのかもしれません。それで二重人格になっちゃったのかも。本当のところはわかりませんけどね」

「カウンセリングとかは受けようと思わないの?」

「勧められたんですけど、断っちゃいました。嫌ですよ。病気みたいで」

 事実、病気じゃないかと言いたかったが、やめておいた。綾子を嫌な気持ちにさせてもしかたがない。もしかしたら、さらにストレスをかけてしまうかもしれない。

 僕は話題を変えることにした。学校での他愛のない生活の話をする。あの授業が大変だのクラスのあいつは嫌なヤツだの――。そんな話がいやに盛り上がった。

 とても楽しかったが、同時にすこし違和感も覚えた。

 僕は二年のときも三年のときも、綾子と同じクラスだった。二年のとき、綾子と話す機会があった。文化祭の準備でいっしょに作業することになったのだ。そのとき、話した印象とすこし違う。

 二年のときも楽しく話したのだが、そのときの綾子はどこか表面的だった。まあ、相手が僕だから仕方ないけど。しかし、今の綾子は違う。心を開いて接している感じがする。親しみやすくなったという印象だ。

 二年と三年の間にあった春休みで事故は起きた。やはり綾子は事故の影響をどこかで受けているのだ。

 二年のときは、クラスメイト全体とまんべんなく付き合い、誰からも好かれていた。今は仲の良い友人だけと話すことが多い。微妙な違いだが、綾子はすこし内向的になったのだろう。だから、今は僕と話が合うのかもしれない。

「ごめん。脅迫まがいのことして」

「いいんです。那月が好き勝手やったのは私のせいでもありますし」

 陽が傾き、屋上を赤色に染めていた。

 僕らは家に帰ることにした。

「私たち友達ですよね」

「そうだね」

「もしまた那月が出てきても、言いなりになっちゃだめですよ。私を裏切ることになりますからね」

 僕はうなずかなかった。ただ、あいまいに微笑んだ。


 その日の午後八時、スマホにメールが入った。綾子からだった。

「綾子です。私の家に来てください。恐いんです。那月が出てきそうで」

 僕は自転車で綾子の家に急いだ。

 拉致されたので家の位置はわかる。学校の近くだ。

 綾子はなぜ僕の番号を知っているのか、ふと疑問に思った。

 しかし、それどころじゃなかった。


       3


 綾子の家の玄関が開いたままだった。僕は恐る恐る中に足を踏み入れた。

 明かりはついていなかったので、スマホのバックライトを使って足元を照らした。地下室への扉の隙間から光が漏れていた。

 僕は慎重に階段を降りた。扉の鍵はかかっておらず、すっと開いた。

 その光景に慄然とした。

 女子生徒があおむけに倒れていた。制服でうちの学校の生徒だとわかる。近寄って顔を確認する。僕の知らない顔だ。

 開いたドアの後ろに隠れていた環が、ドアを閉め小さな鍵で施錠した。

「那月だな」

「なかなか早い到着ね。私のメール、すぐ読んでくれたんだ」

 那月はTシャツにジーンズを着ていた。手にはキッチン用のゴム手袋。

 いったい何をするつもりだ。

「おまえが書いたのか。僕を罠にはめたんだな」

「なんで罠なのよ。招待じゃない。特等席じゃない。これから殺人をするってときに、あなたを呼んだんだから、感謝されるのが普通でしょ。やっぱり、綾子にそそのかされて、くだらない現実に意味を見出しちゃったのかしら?」

 那月は薄ら笑いを浮かべながら言った。

「何で僕の番号を知っているんだよ」

「監禁したときにスマホを見たの。誕生日をロックの番号にするなんて不用心ね」

 僕は舌打ちした。

「あなたは後戻りできない。ここは密室。密室の中にいるのは、あなたと私と私が頭ぶん殴って意識飛ばした女がひとり。そして――」

 那月はジーンズのポケットから取り出したバタフライナイフを跳ね上げた。

「ナイフが一丁。アーンド――」部屋の隅をナイフで示した。「解体用具一式」

 部屋の隅には鋸やハンマーなど禍々しい道具が並んでいた。

「おまえ、正気かよ」

「正気よ。何言ってるの。私はあくまで正気で正気の沙汰とは思えないことをやるのよ。唾棄すべき日常を破壊するために。本当の生を得るために。ほら、生きてるって感じするでしょ。この状況、この快感、この世界!」

 僕は間違ってた。これは許されることじゃない。いくら日常に退屈していても、あまりの凡庸さに不満を覚えても、踏み越えてはいけない線がある。

 狂気に輝く那月の笑み。

「ここに転がってるのは私の学校の二年一組佐野茜ちゃん。あなたと同じ手法で、下校途中に殴ってさらって拘束してまだ寝てる。今回も誰にも見られなかったわ。私の家は学校のすぐそば。道はないけど林を抜けるっていうショートカットをすれば、ほんの数分。すぐにここに運べる。隣家はないし、地下室は防音設備完備。悲鳴は届かないから思う存分殺せるわ」

「本当で殺す気なのか」

「あたりまえじゃない。この子をぶち殺して解体してその肉片を町中にばらまくのよ。電車のダイヤのように規則正しく続いてきた日常は崩壊する。この町は異界に包まれる。猟奇的殺人鬼がいる。誰が犯人かもわからず疑心暗鬼。誰が次の犠牲者になるかもわからず右往左往。死の恐怖は逆説的に生の実感を意味する。そして、私とあなたは神のようにその風景を俯瞰し、悪魔のように笑うの。ねえ、嘘みたいでしょ。でも、それが現実になるの。それを現実にするの」

 ナイフは鋭く輝いている。僕はなんの武器も持っていない。解体用具が部屋の隅にあるが距離がある。

 那月はナイフの先端を僕に向けた。

「あなたが殺しなさい」

 僕は那月の黒い瞳をのぞきこむ。闇。綾子の面影は感じられなかった。

「日常を切り裂くのよ」

 僕は動けないでいる。どうしようもできないでいる。

 那月はバタフライナイフを折りたたみ、僕に差し出した。

「前菜はあなたに。メインディッシュは私に。デザートはどうしようかしら? さあ、早く。生き腐れのままでいいの? これから死ぬまで嫌々生き続けるの? 女を切り裂き、灰色の自分も切り裂きなさい。そこから血が出るでしょう。そこから肉が見えるでしょう。初めて瞼を開いた胎児のように、あなたの前に新しい世界が立ち上がる。殺しなさい。破壊しなさい。創造しなさい」

 僕はゆっくりと歩を進め、ゆっくりと手を伸ばす。

 那月の手に触れる。温かい手。那月の血管に流れる熱い血液を感じる。

 ナイフを受け取る。ナイフにも那月の温度が移っていた。

 持ち手を反転させると、刃が姿を現した。

 刃には僕が映っていた。左右反転した僕が動揺した顔で見つめ返す。

『さあ、これからどうする?』

 僕は現在十七歳だ。僕の寿命はきっと八十歳ぐらいだ。約六十年の人生がある。六十年もの間、僕は生きなければならない。途方もない旅だ。僕はどんな旅路を望むのだろう。どこに向かって進むだろう。

 僕は佐野茜に一歩近づく。彼女に僕の影がかかる。

 活発そうな女の子だった。前髪をわけ、額を大きく出している。額には傷跡があった。那月は正面から殴ったのだ。

 彼女を殺してもしばれたら、僕の人生はおしまいだ。彼女を殺さず生き続けても、僕の人生はおしまいだ。どちらにしろおしまいなのか。僕はもうすでに終わっているのか。わからなくなってきた。

「切り裂きなさい」

 那月の声が脳を刺激する。

 僕はナイフを振りかざす。

 佐野茜に目を落とす。

 普通の、女の子だった。

 僕はナイフを投げ捨てた。

 金属音が空しく響いた。

「僕には無理だ」

 僕は膝を落とした。

「だってただの女の子じゃないか。殺せるわけないよ。こんなことするぐらいなら、僕は日常を送っていくよ。それがどんなにくだらなくても」

 泣き叫ぶように言った。

 那月はナイフを拾い上げ、僕を蹴り飛ばした。

「この生き腐れ!」

 という言葉とともに。

 握ったナイフを佐野茜の胸にめがけ、一直線に落とす。

 僕は那月を突き飛ばした。

 床に倒れ込む。

「簡単じゃない」

 那月は言った。佐野茜の胸に突き刺さったナイフ。

 佐野茜は両目をかっと見開き、天井を見つめている。死んだのか。

「どきなさいよ、生き腐れが!」

 僕を押しのけようとする那月の手をつかむ。

「好きにはさせないぞ。人殺し」

「こっちのセリフよ生き腐れ」

 つかまれた手をふりほどいた那月は、尻ポケットからサバイバルナイフを引き抜き、僕の喉元につきつけた。

「残念無念再来年、一昨日きやがれ生き腐れ」

 ナイフを持っていない方の拳で、顔面を殴られた。

 僕は苦痛のあえぎをもらし、手で顔を覆う。

 目をあげると、那月は解体用具のひとつであるごついハンマーを、バットのスイングのように振ったところだった。

 側頭部に直撃。

 衝撃で床に叩きつけられる。

「あなたは殺さないわ。どうせ腐るから」

 意識が朦朧としていたが、那月の残酷な言葉は僕に届いた。そして、霞む景色の中で惨劇が繰り広げられる。

 那月はハンマーを放り投げ、佐野茜に馬乗りになった。刺さったナイフを引き抜くと、血液が噴出した。那月のTシャツを紅く染め上げる。

 那月は奇声を発しながら、何度も佐野茜の胸を突き刺した。

 僕は佐野茜を助けようと思ったが、身体が動かなかった。頭を強打されたためか、恐怖によるためか、わからない。僕はどうすることもできない自分を情けなく思いながらも、瞼が落ちていった。

 意識が飛んだ。


 異臭で目が覚めた。重力が倍になったかのように身体が重かったが、両手を使って上半身を起こす。

 那月が吐いていた。吐瀉物のにおいだったのだ。

「やらなきゃ……私はやらなきゃ……私は……」

 壁に両手をつけ、身体を九の字に折り曲げ、懺悔するように吐いている。もしかしたら那月は泣いているのかもしれない。

 傍らには佐野茜の死体があった。大量の血液が流れ、血の池を形成していた。

 右肩にノコギリが喰いこんでいる。切断しようとしたが、あまりの気持ち悪さで中断したのだろう。だから那月は吐いているのだ。

 僕は悪夢を見ているような気分になり、那月に嘲弄の言葉を浴びせた。

「日常を破壊するんじゃなかったのかい?」

 那月の鋭い眼光が僕を捉えた。血にまみれたサバイバルナイフを拾い、僕ににじりよる。

「ぶ、侮辱したわね……この……私を」

 殺されるかもしれない。しかし、夢の中だとするなら話は別だ。

「君には無理だったんだ。語り尽くされた凡庸な人間のひとりにすぎなかったんだよ」

「私は人を殺した」

「人を殺した人間なんてたくさんいるよ」

「まだ私は終わらない。終われない。少なくとも、あなたを殺す」

 言い終わらないぐらいで、那月は血液で足を滑らせた。頭蓋が床にあたり、鈍い音をたてた。

「はは、ははははは」

 僕は滑稽でしかたなかった。日常を破壊すると宣言したのに、なんだこの体たらくは。くだらない。くだらなすぎる。

 天井を仰ぎ、笑い続けた。しかし、そうしているうちに、自分がなぜ笑っているのかわからなくなってきた。僕はすとんと穴に落ちたような不安を感じた。

 佐野茜の死体が否応なしに僕を現実に引き戻す。彼女は死んだのだ。殺されたのだ。その現場に、僕は居合わせてしまっている。殺人者である那月とともに。

 那月は動かない。おそらく気絶しているのだろう。逃げるなら今のうちだ。もう佐野茜は助からない。今度は自分の身が危ない。

 僕はそろりとドアに向かう。しかし、思い出した。那月はドアに鍵をかけた。鍵をどこかのポケットにしまったはずだ。すぐにしまったから覚えていない。利き手は右で、すぐしまったのなら、右ポケットの可能性が高い。

 倒れている那月から、鍵を奪わなければならない。自分も、足を滑らせないように気をつけながら、血の池を歩む。

 右ポケットから鍵の先端が見えた。僕はそっとつかみ引き抜いた。

 ばれなかった。これで逃げられる。

 僕が那月に背を向けたそのとき、那月は立ち上がった。

 僕はその様子をうかがいながら、鍵を後ろ手に後ずさりしていく。

 那月はただ虚空を見つめている。僕も佐野茜も視野に入っていない。なぜ襲ってこないのだろう。

 そういえば、綾子は油断したときに人格の交代が起こると言っていた。気絶したときに綾子に代わったのか。

「綾子なのか……?」

 僕はおそるおそる声をかけた。記憶は同じだという話だから、綾子は惨劇を目撃していた。放心状態になってもおかしくない。

 口は開きっぱなしで、唾液が流れている。

「綾子、ごめん。こんなはずじゃなかったんだ……」

 僕の言葉に反応したのか、綾子はふらふらと歩みはじめた。散乱した解体用具から金槌をつかんだ。

「那月なのか」

 環は答えない。呆けた表情のまま、佐野茜の頭部の横に跪いた。

「どっちなんだよ」

 金槌で佐野茜の頭蓋を叩きはじめた。

「何やってんだよ」

 ガンガンガン。

「那月なのか? それとも綾子が壊れたのか?」

 ガンガンガン。

「どっちなんだよ」

 ガンガンガン。

「もしかして、どっちでもないのか?」

 バキッ。頭蓋が割れた音だった。

「………………」

 環は無言だった。

「君は別の人格なのか?」

「………………」

 環はペンチを使って、佐野茜の頭蓋をこじ開けはじめた。

「………………」

 そして、脳を引きずり出した。ピンク色をしたしわくちゃな肉塊。環はそれを宝物のように抱きかかえていた。

「………………」

 彼女は脳にかぶりついた。

 反射的に目をそらす。ドアを開けようとするが手が震えてうまくいかない。鍵穴にうまく差し込めない。うしろからくちゃくちゃと音が聞こえる。脳を咀嚼しているのだ。

 ドアが開くと、一目散に駆け出した。


       4


 朦朧とした意識で、ふらふらと自転車をこぎ、家にたどり着いた。ベッドに寝転がると、そのまま泥のように眠った。悪夢の中で、那月の殺人が再生された。佐野茜の脳がイメージに浮かび、くちゃくちゃと音が聞こえてくる。

 僕は跳ね起きた。体中にねっとりと冷や汗をかいている。スマホを確認する。五月十一日土曜日午前十一時。僕は長い間眠っていたらしい。スマホにはメール着信のお知らせが表示されている。受信したのは三十分ほど前だった。

 差出人は環綾子だが、那月かもしれないし、脳を喰ったやつからかもしれない。あれは別の人格だったのだろうか。僕は画面をタップし、メールを開いた。

『午後一時までに私の家に来るように』

 画像が添付されていた。手前に気絶している僕が映っている。奥には血まみれになった佐野茜の姿。ナイフの腹で首筋をなでられたかのような悪寒が走った。

 ハンマーで殴られ、気絶している間に写真を撮られたのだ。

 僕の傍らにはご丁寧に血に濡れたナイフが置かれている。この写真は、僕が殺人事件に関わったことの証明になる。脅迫だった。メールの送信者は那月に違いない。

 僕は『わかった』とだけ書き、返信した。

 ベッドにもぐり、頭を抱えた。

 那月は僕を呼んでどうするつもりなのだろうか。僕を殺すつもりなのか。なぜ那月を嘲笑してしまったのだろう。今さらのように後悔する。那月の家に行くのは死にに行くようなものだ。

 じゃあ行かなければいい。簡単な方法がある。警察に通報すればいいのだ。写真は撮られたが、僕は本当のところ犯行は行っていない。僕自身も被害者なのだ。

 そもそも、写真を撮られたということは、撮った人間がいたという証明にもなる。さらに、背景が映っているので、あの部屋が環綾子の家の地下室であることも判明するだろう。したがって、犯人は環綾子だということに……。

 まずい。綾子は何もしていない。犯人は那月だ。那月が警察に捕まれば、何の罪もない綾子までも罰を受けることになる。別の人格がやったと主張しても、信じてもらえないかもしれない。信じてもらえたとしても、綾子の人生はめちゃくちゃだ。

 警察には通報できない。行くしかない。行って、これからどうするべきか綾子に意見を聞かなければならない。

 手早く支度をして家を出る。念のためバッグには包丁を入れておいた。両親は出勤していて、帰って来るのは早くても午後九時だ。それまでに戻せば大丈夫だろう。



 ドアチャイムを鳴らすと、環が出てきた。エプロン姿だった。

 警戒する僕に対して環は言った。

「綾子のほうですよ?」

 居間のテーブルには、おいしそうな料理の香りが充満していた。

「ご飯食べちゃいました?」

「いや、何も……」

「よかった。今、用意しますから」

 綾子は小走りでキッチンに向かい、料理を盛り付けはじめた。

 僕は呆然とその様子を眺めた。昨日のことを覚えていないのだろうか。

「座って待っててくださいよ」

 テーブルに皿が並んだ。ナポリタンとサラダとコーンスープが二人分。コップには麦茶が注がれた。

 綾子はエプロンを外し、腰かけた。

「料理するの好きなんです。料理してる間は嫌なことを忘れられますから。あ、どうぞ食べて下さい。お口に合うかわかりませんけど」

 女の子の手作りの料理を食べるのは、はじめてだった。

「おいしいよ」

「誠君が言うと嘘っぽいですよね」

「本当だよ」

「じゃあ、信じておきます」

 綾子は、にこにこしながら僕の食べる様子を見ている。意図が読めなかった。なぜあのことを話題に出さないのか。綾子は那月のやったことを知っているはずだ。

 かちゃかちゃと食事をする音だけが流れた。綾子が口を開いた。

「那月は今、眠っています」

 ナポリタンを口に運ぶ手が止まった。

「メールを打ったあと眠りました。さすがに疲れたんでしょうね。それで私が出てきました」

「僕は那月に殺されると思ってたよ」

「殺さないと思います。那月はまだ誠君のことをあきらめていませんから」

 綾子はナポリタンをくるくる巻いたり、ほどいたりしていた。綾子がまだ料理を一口も食べていないことに、僕は気付いた。

「那月は一線を越えました。人を殺してしまいました」

 綾子はうつむき加減に言った。

 顔をあげた。泣いていた。

「私、どうしよう」

 綾子は顔を両手で覆い、泣きじゃくった。

「君は悪くないよ」

「何で那月を止めてくれなかったんですか? 私のことはどうでもいいんですか? 那月のほうがいいんですか? どっちなんですか?」

「僕は……」

「ねえ、どっちなんですか?」

「僕は……」

「どっちかって聞いてるんですよ!」

 テーブルをばんと叩き、立ち上がった。

「僕は那月にはついていけない。だから、君を救いたいと思っている」

「どうやって?」

「それは……」

「無理ですよ。不可能ですよ。那月が全部ぶち壊します。それだけじゃありません。別の人格が現れました。あの子は完全に狂ってます。だって、脳を……」

 綾子は口を押さえ、キッチンの流しに走った。何度か咳き込んだあと戻ってきた。目つきが変わっていた。

「おいしそうね」

 那月だった。テーブルにつき、ナポリタンをすすりはじめた。

「綾子はほんとに料理がうまいわ。ほら、あなたも食べなさいよ。女の子の手作り料理を残すってわけ?」

「那月、僕はおまえを許さないぞ」

 那月は、サラダを貪りながら言った。

「それでどうするのよ。私を殺すの? そしたら綾子も死ぬけどね」

 スープを犬のようにすすり、口をぬぐうと、麦茶を一気に飲み干した。あっという間に食事を終えていた。

「さて、お腹もいっぱいになったことだし、次の計画を説明しようかしらね」

「君には協力しない。僕が日常を破壊できるような人間でないことはわかったはずだ」

「そうね。あなたが腰抜け腑抜け野郎だということはわかったわ。でも、成長の余地はあると私は考えたのよ。あともう少しで人を殺せるところだったしね」

「違うな。君は計画を実行するために、僕を利用したいだけだ」

「それはあなた次第なんじゃない? あなたが私と同じ思想をもつようになれば、利用されたことにはならない。あなたが綾子と同じ価値観しかもてないのであれば、利用されたことになる」

 詭弁のような気がしたが、反論できなかった。僕は唇をかんだ。

「それに綾子だって共犯のようなものなのよ。なぜ解体用具が存在するのか。考えたことがあるかしら」

「それは君が人格を乗っ取って購入したんじゃ……」

「そうね。でも、記憶は共有されているのよ。綾子は解体用具の存在を知っているどころか、計画の内容も知っている。それでも何もしなかったのよ」

「綾子は君を恐れていたんだ。しなかったんじゃなく、できなかったんだ」

「どちらにせよ結果は同じね。私は身体を切り刻むことに成功。終わるころには朝になっちゃってたけどね。変な邪魔も入ったし」

「別の人格のことか」

「勘がいいのね。私はカニバリズムなんていう気味の悪い趣味は持ち合わせていないわ。あれは私でもわけのわからない荒廃した人格。〝ココロ〟って勝手に名付けたわ。こっちとコミュニケーションが取れないから、名前も聞けないのよ」

「新しい人格が生まれたのか? 君の中で一体何が起きてるんだ?」

「私が知りたいぐらいよ。しかも、もう一つの人格が形成されつつあるわ。きっとココロのせいね」

「え?」

「大丈夫よ。彼女は外に出さない。出すと絶対にやばいから。唾棄すべき事実よ」

 僕には、那月の言っていることが理解できなかった。とにかく、環の人格は増加しているのだろう。そして、これからも増加するのかもしれない。

 綾子は二重人格から、それ以上に複数の人格を持つ多重人格になってしまったのだ。

 那月は席を立った。冷蔵庫の前で腕を組んでいる。

「さて、本題に入ろうかしら。私は苦労して佐野茜をバラバラにして、骨とかのいらない部分は、家にあった外国製のフードプロセッサーで砕いて排水口に流しました。肉塊はきちんとパックしてこの冷凍室の中」

 那月は冷蔵庫の最下段を引いた。中からジップロックのついた小さなビニール袋を三つわしづかみにした。

 佐野茜の肉片が入っている。

 それらを投げてよこした。

 テーブルに無造作に落下する。

 がたり、と僕は椅子ごと身を引いた。

「佐野茜の肉塊は百個ある。あなたはその全てを町にばらまくのよ」

 肉片はまだ凍っておらず、生々しい色をしていた。僕は目を引き剥がした。

「こんなことやるわけないだろ」

 那月はキッチンにある包丁を自分の首につきつけた。

「綾子がどうなってもいいのかしら?」


       5


 僕は、地下室の床を雑巾で拭いていた。

 布はすぐ真っ赤になった。佐野茜の血液だった。どんなに強くこすっても色が落ちない。まるで怨念のようだ。嫌悪感を覚えながらも掃除を進める。環の父親の服を借りていたため、自分が汚れる心配はなかった。

 那月の命令で、地下室をきれいにしておくようにと言われた。肉塊をばらまくのは人目のつかない夜になってからのほうがいいため、それまでの間、手すきになったのだ。綾子を殺すと脅されたら、那月に逆らうことはできない。

 同じ身体に複数の人格が共存しているのが問題だった。那月を殺せば綾子も死ぬ。那月という人格だけを殺す方法はないのだろうか。それだけなら犯罪にもならないだろう。

 いや、そもそも環は多重人格という病気なのだ。環に必要なのは精神科医による治療だ。僕は多重人格患者のノンフィクションを読んだことがあり、多少の知識はあった。

 様々な人格と語ることによって、分裂した人格をひとつに統合する。統合された人格は今までの全ての人格の要素を持ちあわせた人格になる。治療が完了すれば、那月という異常な人格はなくなるだろう。

 しかし、精神科医に見せると那月が犯した犯罪が明らかになってしまうだろう。治療を行っていく過程で、避けられない道だ。環を医者には見せられない。環に犯罪歴をつくってはならない。

 じゃあ、どうすればいいんだ?

 扉が開いたため、僕の思考は中断された。

 環だった。地下室の掃除をしている僕を手伝いに来たのか。

「四ノ宮先輩、何してるんですか?」

 意味の分からないことを口走った。

「君とは同輩だと思うけど」

「漫画みたいな話なんですけど、目が覚めたら環先輩になってたんですよ。あたし、鏡見たら驚いちゃって。きっと何かのきっかけで魂が入っちゃったんだと思うんです」

 いったい環は何を言っているんだ。

 雰囲気は綾子でも那月でもココロでもなさそうだ。

「君は誰なんだよ」

「えっ。そんな恐い顔しないでくださいよ。佐野茜です。一年下の」

 僕は一瞬固まった。

 無造作に雑巾を床に投げ、立ち上がる。

 意味はわからないがやばいことはわかる。

「四ノ宮先輩、何でこの部屋はこんなに血だらけなんですか?」

 何が起こっているんだ。たしか那月はまた別の人格が形成されつつあると言っていた。それが佐野茜なのか。だけど佐野茜は死んでいる。那月によって殺されたあげく、ココロに脳を――。

 ココロは脳を喰った。

 あまりにも非科学的な考えが浮かぶ。脳を体内に取り込んだのなら、環の中に佐野茜の心が、つまりは人格が宿ってもおかしくないのではないだろうか。

 そんなバカな。でも、そうとしか考えられない。説明がつかない。

「先輩、もしかして人を殺したんですか?」

「違う。殺したのは環だ」

 茜は自分の身体を眺めまわした。

「環先輩が? でも、先輩はなんでこの部屋を掃除してるんですか?」

「彼女に脅迫されたんだよ」

「本当ですか?」

「本当だよ」

「逆なんじゃないですか?」

「何がだよ」

「四ノ宮先輩が環先輩を脅したんじゃないですか?」

「何が言いたいんだよ」

「四ノ宮先輩が、あたしを殺したんじゃないかって言ってるんですよ!」

 獣のような声だった。

「意味がわからないよ。君は生きてるじゃないか」

「あたしをバラバラにしたのは先輩なんですね。死んだあたしの魂は幽霊のように、環先輩に憑りついた。私を殺した人間を殺すために」

 茜は、尻ポケットからナイフを抜いた。僕に迫ってくる。

「違うよ。僕は君を殺していない。それに、あの死体は君じゃない」

 とっさについた嘘は、逆効果だった。

「とぼけるな! どんなにバラバラにされても、自分の身体ぐらいわかるよ!」

 無茶苦茶に振り回されるナイフを、後退して避ける。茜は甲高い叫び声をあげている。狭い地下室に反響し、脳を焼くノイズと化していた。

 壁に追いつめられた。観念したように腰を落としてゆく。

 佐野茜を見殺しにしたのは事実だ。

 茜はわなわなと全身を震わせ、荒く息をしている。目は血走り、那月以上の殺気を宿している。

 僕は目を閉じた。

 生き腐れとして生きてゆくなら、この場で死んでもいいと思った。未練はなかった。何も成し遂げられなかったし、これからもそうであろうことが明白だった。

 だから、さほど悲しくもない。元々、無だったものが無になるのだから変化はない。そこで僕は再認識した。僕の人生はこんなものなのか、と。同時に思った。こんなもので満足なのか、と。

 目を開けると、茜はきょろきょろとあたりを見回していた。

「環先輩?」

 茜はつぶやいた。

「どこにいるんですか? どこでしゃべってるんですか?」

 茜に対して、別の人格が語りかけているのだ。

「私を殺したのは四ノ宮先輩じゃないんですか?」

 茜は虚空にたずねる。

「じゃあ誰が……」

「君を殺したのは那月だ」

 僕は言った。

「思い出すんだ。君が殺された光景を」

 茜は頭を抱えた。

 ナイフが手から落ちた。

 自らの頭をボルトのようにぎりぎりと閉めつけ、泡を吹いた。

 茜は崩れ落ちた。

 そして、すぐに起き上がる。

「最低です。誠君がそんな人間だと思いませんでした」

 綾子は怒っていた。人格の交代が起きたことは、すぐにわかった。そう仕組んだのだ。

「僕はまだ死ねなかったんだ」

「茜ちゃんに話しかけて誤解を解こうと思ったんですけど、大きな間違いでした」

「あのまま死ねばよかったっていうのか」

 綾子は悲しそうに目を伏せた。

 突然、顔つきが変わった。那月に交代したのだった。やはり、感情が不安定らしい。

「茜が環の人格のひとつになったのなら、記憶は共有されるはず。じゃあ、自分自身が殺されたシーンを認識させるのも不可能じゃない。そのショックで気絶させて、人格を交代させることもね。とっさの判断にしては良かったわ、誠」

「那月、僕は殺されかけたんだぞ」

「生死の境に立ったとき、人間は本能を見せるのよ」

「だから静観していたのか」

「さあね」

 那月は、愛おしそうにナイフの刃に触れながら言った。

「そろそろ、いい時間だわ」


       6


 陽が落ちると、都会より深い暗闇がやってくる。人間が活動していない証拠だ。代わりに自然がある。吐いて捨てるほどの木々。無駄に流れる川。眺めてもなにも感じないただの風景。

 僕と那月は、河原を歩いていた。百個の肉片を街にまくためだ。そのうちの二十個は指だった。両手の指十本と、両足の指十本の計二十。那月はていねいに根元から切り取り、ジップロックに入れていた。

「また佐野茜に人格を乗っ取られたらどうするんだ?」

「たぶんもうないわ。ほとんど死にかけてるから」

「人格も死ぬのかい?」

「あれは特殊ね。ココロがつくった人格だから。発生した時から、徐々に消耗していたのよ」

「なぜ消耗するんだろう」

「脳が消化されるからじゃない?」

 顔色も変えずに、そんなことを那月は言った。夜に紛れるような黒いワンピースを着ていた。僕はいつものパーカーにジーンズという格好で、肩には大きめのショルダーバッグをかけている。中には佐野茜の肉片がぎっしりつまっていた。

 ふたりで行動したほうが怪しまれないという那月の提案で、奇妙なデートをするはめになってしまった。

「ほら、はやくばらまきなさいよ」

「わかったよ」

 僕はバッグのジッパーをすこし開き、佐野茜の肉片をひとつ取り出した。指紋がつく心配はない。那月の指示で、指の腹にうすく木工用ボンドを塗った。作業がしにくくなるが、指紋がコーティングされて証拠は残らない。手袋などでは目立つため、この手法を用いたそうだ。

 僕は肉片を背が高い草が生い茂った場所に投げた。

「それじゃ見つかりにくいじゃない」

「さっきから声が大きくないか?」

「こそこそしてるほうが怪しまれるのよ。あとね、百個もあるんだからもっと豪快にたくさんばあっと投げなさいよ。鬼は外みたいな」

「鬼は君のほうだろう」

「唾棄すべき冗談ね」

 僕はやけになって肉片を五個ほどつかみ、適当に投げた。河原に肉片が散乱した。一瞬にして猟奇的な空気になった。

 フラッシュが闇を払った。那月がスマホで写真を撮っていた。

「脅迫のための写真はもう充分だろ」

「だってデートじゃない」

 その悪魔的な笑みに魅力を覚えたのは、夜で顔が明瞭に見えなかったからだと信じたい。

那月は颯爽と歩いてゆく。

「もうすこし下流に行って、またばらまきましょう」

「ここに全部ばらまいたほうがいいんじゃないか」

「じゃあ何のために私が細切れにしたのよ、生き腐れ」

「堂々と顔も隠さずに町を歩いたら、ばれるに決まってる」

「ばれないわ。ただのデートなんだから」

「ただのデートは楽しいものだよ」

「私は楽しいけど?」

 すこし下流に歩いた。バッグはとても重かった。何キロあるのだろう。汗がじっとりと身体を濡らす。

 さきほどの要領で、肉片を四個ばらまいた。これで計十個の肉片をまいた。あと九十個もある。

「その調子よ。次は駅に向かいましょう」

「危険すぎるよ。交番もあるし」

「さりげなく落とす感じでやればばれないわよ。まったくあなたは生き腐ってるわね」

 駅に向かう道中、肉片を捨て続けた。人気がなくなると、那月が僕を小突く。肉片を捨てる合図。僕は命令通りに行動した。

 道端にあるポストを発見すると、那月は口の端をつりあげた。

「投函したら?」

 言っている意味がわからなかった。バッグの重みで勘付いた。

「誰にも届かないと思うけど」

「彼女の家の住所でも書いておく?」

「悪趣味だよ」

「きちんと宛先を書くことが?」

「君の発想がさ」

 僕は素通りしようとしたが、那月が僕に腕をからませて、ポストに引き寄せた。那月と身体が密着している状況に動揺していると、素早い手つきで那月は肉片を取ってポストに投函した。ぼたっと嫌な音がした。那月もまた指に木工用ボンドを塗っていた。

 那月は笑いをかみ殺していた。その震えは僕に伝わった。歩みはじめてからも、那月は腕を組んだままだった。

「本当におかしいわ」

「おかしいのは君のほうだよ」

 僕は言った。

 駅にはバスやタクシーが止まっているし、人も車も行き交っている。さらに、駅に併設される形で交番もある。このような状況で死体をばら撒くのは不可能だと思った。

 駅前を彩る花壇を、那月は指差した。

「きれいね」

 花壇の前に座り込む。僕もそうする。

 那月が僕を小突く。どうやら花を見ているふりをして、肉片を捨てるという作戦らしい。那月は素早く周囲を見渡して言った。

「今よ」

 しかたがないので、僕は肉片を置いた。指だった。葉に隠れるようにしたから、大丈夫だろうか。なるべく自然に、その場をあとにする。交番からは光が漏れていたが、警察の姿は見当たらなかった。

 踏切の警笛が聞こえた。電車が近づいてくる証拠だ。ホームに到着したら、多くの人が通るだろう。那月は舌打ちした。もうすこし肉片をばら撒くつもりだったのだろう。撒いたのはまだひとつだ。長居してもいられない。用もないのにうろうろしていたら不審に思われる。

 那月は駅の脇に設置された公衆トイレに向かった。僕のバッグを取ると、女子トイレの中に入った。人の目を嫌って、僕は男子トイレに入ることにした。個室で五分過ごしたら外に出た。那月はトイレに肉片をばら撒くことで帳尻を合わせるのだろう。

 那月はすぐに女子トイレから出てきた。バッグを僕に押し付けると、

「次、行くわよ」

 と強引に僕の手を引いた。

「行くってどこへ?」

「学校よ。決まってるじゃない」

 その道中、僕らは肉片を撒き続けた。道端に、公園に……。公園には人気がなく、多くの肉片を撒いた。那月いわく公園は、街に住む人間の日常性が大きく反映される場所であるため、肉片を捨てるにはもってこいだという話だ。

 僕の感覚は麻痺していた。那月の蠱惑的な雰囲気のせいなのか。那月は僕が肉片を捨てるたび、ふっと笑う。その笑顔はかわいいといった種類ではなく、悪魔のような笑顔だった。だけど、肉片を捨てるたびにそんな笑顔が見られると思うと、ぞくぞくした。

 夜の空気はすこし肌寒かったが、那月とつないだ手だけは汗でにじんでいた。


 学校の周辺は静かだった。風にそよぐ木々のざわめきだけが聞こえる。時刻は夜の九時半をまわっていた。部活のために登校した生徒も帰宅していた。

 川原で十個、道端や駅や公園で三十個ぐらい撒いたから、あと約六十個もあまっている。僕はバッグを肩にかけなおした。

「どうするつもりなんだよ。まだ結構あまってるじゃないか」

「心配はいらないわ。ここで全てばら撒くから」

「学校のまわりでかい? そんなことをしたら犯人がこの周辺に潜んでいると伝えているようなものじゃないか」

「佐野茜が拉致されたのは学校のそばだから、その程度の予測はたてられるわ。それよりも、この作業を早く終わらせないと警察が動き出すわ。もっと街中にばら撒きたいところだったけれど、生活の主要施設を押さえれば最低限の目標は達成されるわ」

「それが学校か」

「病院もよ」

 学校の近くには、街に住む多くの人々が利用する医院があった。

「私たちの年齢じゃ、あまり夜遅くに行動すると怪しまれる。とっとと行くわよ」

 那月は学校を取り囲むように、約二十個の肉片を配置させた。さらに、医院の前や駐車場に約二十個撒いた。医院の灯りは落ちていたから作業は容易だった。

 腕時計を確認すると、時刻は午後十時五十分だった。バッグはだいぶ軽くなったが、まだ肉片がつまっている。数をかぞえようと思ったが、なんだか恐ろしいにおいがするような気がしてやめた。おそらく二十個程度だろう。

 那月はバッグをひったくった。

 チャックを開けると、中身を道路の真ん中にぶち撒けた。

「帰るわよ」

 散乱した肉片には見向きもせずに、その場を立ち去ろうとした。

「ちょっと待ってよ。なんか雑じゃないか」

「いいのよ。あとは彼らが町中に運んでくれるでしょう」

「彼ら?」

 いったい誰のことだろうか。僕以外にも協力者がいるというのか。

「楽しかったわ、生き腐れ。またね」

 那月は林に分け入り、自宅に帰るルートをとった。

「『またね』か……」

 余韻に浸っている場合じゃないと気付き、僕はその場をあとにした。


 家に帰るとすぐに、闇に堕ちるように深い眠りについた。街中を歩いた肉体的な疲労と、猟奇的な行為による精神的な疲労が、蓄積されていたのだ。目覚めたのは翌日の夕方だった。じっとりとした汗が、身体にまとわりついていた。

 頭の中で、昨日の出来事が思い起こされた。罪悪感よりも、自分がなぜ那月に協力したのか不思議だった。僕は犯罪行為に関わってしまったわけだ。いったい、何という罪に問われるのだろうか。背中を刃の腹で、なでられたかのような寒気が走った。

 もし、あれがばれたら……。

 ベッドにあずけた僕の体重が、すとんと消えてしまうような感覚。日常の輪から外れていく不安感。僕は悟った。

 日常を破壊する行為は、自らの日常をも破壊するのだ、と。

 すこしでも気分を変えようと、窓を開けようとしたが、手をすべらせた。指紋を消すために塗ったボンドがついたままだった。手のひらをこすりつけるようにして窓を開いた。しかし、吹きこむ風は、僕の身体を冷やすだけだった。

 世界の終わりを告げるように、カラスが鳴いている。空には大量のカラスが、群れをなして飛んでいた。この街にはカラスが多い。自然が多いから食物が豊富なのだ。カラスは落ちているものを何でも貪る。果物でも、動物の死骸でも……。

 道路にばら撒かれた佐野茜の肉片が脳裏によぎった。

 あれをカラスが目にしたら、迷わず喰らいつくだろう。巣に持ち帰るものもいるかもしれない。佐野茜の肉片はカラスによって街中に運ばれる。

 那月の言った〝彼ら〟というのは、カラスのことだったのだ。

 窓を閉めても、カラスの鳴き声が聞こえてくる。僕の耳にこびりついているのだ。まるで指に塗ったボンドのように。

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