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【長編小説】失学園―スクール・ロスト― ③

十月 亜桜亜美のセカイ


       1


 霞ヶ原学園の入学初日、自己紹介が行われた。ふつうは名前をいい、趣味や特技など、ちょっとした話をして終わるものだ。

 彼女の自己紹介は一風変わっていた。

「私の名前は亜桜亜美。人間を模して造られたロボットです」

 乾いた笑い声が教室に響いた。亜桜の発言が冗談だと思ったのだ。

 教壇からみんなを見渡し、笑いが静まったことを確認すると、亜桜は続けた。

「私は人間に奉仕することを目的として造られたロボットです。私は人間ではありませんが、みなさんとともに生活を送らせていただけることになりました。自己紹介といたしまして、私の仕様を簡単に説明いたします」

 起伏のない機械的な音声。亜桜が冗談をいっていないことに、生徒たちは勘づきはじめた。ここは霞ヶ原学園なのだ。

「私の頭部には電子頭脳が格納されています。この電子頭脳にはロボット工学の三原則がプログラムされいます。私はロボット工学の三原則に則り、行動をするのです」

 ロボット工学の三原則とは、アイザック・アシモフが提唱したロボットの行動を規定する原則である。無論、三原則はフィクションのなかで創案されたものであるが、亜桜は現実に自分自身に適用されていると妄信している。

 亜桜は三原則を暗唱した。

「第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

 第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りではない。

 第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己を守らなければならない」

 教室は完全な沈黙で支配された。その沈黙を破れるのは、亜桜だけだった。

「以上がロボット工学の三原則です。第一条の人間に危害を加えないという点が最も重視されています。よって、私は安全ですのでご安心ください。ロボットではありますが、皆様の学園生活をサポートするために、行動して参りますので、よろしくお願いいたします」

 ぱらぱらとした拍手が、亜桜の自己紹介をしめくくった。


       2


 ふいに記憶がロードされるときがある。今は十月なのに四月の記憶を読み込んでしまった。メンテナンス不足が原因だろう。ここにはロボット修理の専門家がいないため、子細なメンテナンスを行うことはできない。現時点では許容範囲だが、いずれは専門家への依頼を提案しなければならない。

 亜桜は食事に集中をもどした。昼食のパンをかじり、水で流し込む。食べ物を味わおうという気持ちは一切ない。活動を持続させるための、エネルギーを摂取しているにすぎない。

 亜桜の身体はほとんど人間と同じ構成要素でできているため、人間と同じように食事をする必要があるのだ。

 非効率的なエネルギーの保存方法だった。だが、開発者はロボットを人間にできるだけ近づけるために、このようにデザインした。

 人間に似せた理由は、人間のためにつくられた環境への適応性を高めるためであるが、別の理由もあった。

 人間が感情移入するため――亜桜には理解できない概念だ。

 鋼鉄のロボットよりも、亜桜のような人間型ロボットに、人は感情移入する。自分の姿に似ているものに対し、人は同情し、感情を共有しているかのような錯覚を覚えるのだ。感情移入されることではじめて、ロボットは社会に溶け込み、真の人間のパートナーになる。それが開発者の理念だった。

 ふいに亜桜は周囲を見渡した。クラスメイトのコップの水の残量を確認したのだ。コップの水が三十パーセント以下になったら、水を注がなくてはならない。

 水差しを用い、コップを満たしてゆく。

 朽木梓はぐったりと椅子に座っていた。水の残量は二十三パーセントだったため、水を注いだ。朽木はうつむいたまま、なんの反応も見せない。

「朽木さん、大丈夫ですか。保健室にお連れいたしましょうか」

 弱々しく首を振った。亜桜はノーのサインだと判断し、自分がいた席にもどった。その後、葛葉言乃が朽木に声をかけていたが、同じように首を横に振るだけだった。

 朽木梓は落ち込んでいるのだ。亜桜は感情を持ちあわせていないが、今まで蓄積したデータから人間の感情を推測することはできた。

 落ち込んでいるということは、だれかの助けが必要だということだ。亜桜はロボットであるため、たとえ命令されていなくても、人間を助ける義務がある。しかし、助けるにしても、原因がわからなければ、対処できない。

 亜桜は朽木が落ち込んだ原因を探るために、記憶に検索をかけた。該当する出来事は数件あったが、最も関連性が高い原因を選択することにした。

 佐冬真守の失踪――朽木はこの件で落ち込んでいる可能性が高い。

 朽木と佐冬は仲がよかった。その佐冬が突然いなくなり、意気消沈したのだと推察される。

 原因を決定したので、対処方法を検討した。佐冬を見つけられれば一番いいが、教職員が探索したにも関わらず発見できなかったため、この方法は困難であると考えられる。

 佐冬が帰ってこないことを前提として、思考してみる。

数秒後、亜桜は解答を得た。だれかが佐冬の代わりになればいいのだ。そうすれば、朽木が抱いているであろう、パーツがひとつなくなったような感覚は満たされるかもしれない。

 朽木と仲良くなり、佐冬の代わりを務める。亜桜はそのタスクを記憶に保存した。


       3


 放課後、亜桜はタスクを実行するために、朽木のあとを追った。朽木は校舎の裏まで行き、煙草を吸いはじめた。

 未成年者の喫煙は法律違反であるが、今は朽木と仲良くなることが目的であるため、不問に付すことにした。

「いい天気ですね」と亜桜はいった。

 朽木は驚いたように、亜桜を見つめた。

「そ、そうだな」

 快晴であるため、まちがいはいっていない。天気の話は、さしさわりのない事柄であるため、会話を切りだすのに適している。しかし、朽木の反応は芳しくなかった。不信感をあたえたかもしれない。

 いい方や表情が機械的であったのが、問題なのだろうか。しかし、亜桜には感情がないため、感情表現は困難である。

「どうしたんだよ、急に」

「特に要件があるわけではありません。ただ、朽木さんと話をしたいと思いまして。お邪魔でしたか?」

「邪魔じゃないけどさ……」

 朽木は目を泳がせていた。視線は地に向けられている。

「なにか落し物を探しているのですか」

「ちがう」と朽木はいった。「でも、探しているってのはまちがいないな」

「佐冬真守さんですか」

 朽木はため息をつくように、煙を吐き出した。

「佐冬は消えちまった。学園中を探したけど、どこにも見つからなかった。俺が探してるのは、佐冬を消した犯人のほうさ」

 犯人――。朽木は佐冬が学園から逃亡したのではなく、何者かによって消されたと考えているようだった。

「私もお探ししましょうか」

 亜桜は申し出た。犯人探しに協力する過程で、朽木と仲良くなれるかもしれない。

「気持ちはうれしいけどね」

 寂しそうに朽木はいった。

「お言葉ですが」亜桜は訂正した。「私はロボットなので心はありません」

 朽木は亜桜を見つめた。

「じゃあなんで、俺と話そうとなんて思ったんだ」

 朽木は二本目の煙草に火をつけた。

「問題を解決するためです」

「問題?」

「朽木さんの問題です」

 朽木はふっと笑った。

「俺の抱えている問題を解決してくれるのか」

「はい。人間をサポートするのが、ロボットの義務です」

「それは頼りがいがあるな。ロボットの協力か」

 そのとき、風がすこし吹いた。亜桜は咳き込んだ。煙草の煙がかかってしまったのだ。

「ごめん」

 朽木は携帯灰皿に煙草を押し込んだ。

「大丈夫です。この程度の動作不良は問題ありません。また、私の器官は人間と異なり、代替が容易ですので、受動喫煙による害も心配しなくて結構です」

 朽木はとても悲しそうな目をしていたが、亜桜にはその意味がわからなかった。


       4


 図書室にはだれもおらず、整然と並んだ本だけがふたりを出迎えた。

 朽木から佐冬の件について話があるそうだ。校舎裏で立ち話をするのもなんなので、ふたりは移動することにした。人目につかず、座れる場所と聞いたので、亜桜は図書室を提案した。案の定、図書室は無人だった。

 向かい合わせにテーブルについた。朽木は物珍しそうにあたりを見渡した。はじめて来たのかもしれない。

「でも、なぜ人目を気にするのですか」

「犯人に聞かれるかもしれないだろ」

 朽木は犯人の存在を信じ込んでいるようだった。

「一応、学園の門や外壁は調べたが、脱走の痕跡はなかった。あと、佐冬の部屋も調査済みだ。私物は置いたままで、脱走をほのめかすような物はなかった」

「したがって、佐冬さんの脱走はありえない、ということですか」

「ああ。それに、あいつには逃げる動機がない。妹のこともあるしな」

 妹とは佐冬特有の幻覚のことだ。名前は真奈というらしい。

「そういえば、あいつが妹に渡したスケッチブックに奇妙な記述があったんだ」

 朽木はポケットから紙を取り出し、開いてみせた。

「スケッチブックの一ページだ。亜桜はこれをどう思う」

 その紙には『お兄ちゃんを助けて』と、大きく書いてあった。子供が書いたような拙い文字だった。

「だれかに兄を助けてほしいというメッセージです。状況から考えると、『兄』とは佐冬真守を指しており、記述者は佐冬真奈だと推定されます。しかし、佐冬真奈なる人物は実在しません。したがって、何者かが佐冬真奈のふりをして、記述したものだと思われます」

「そう考えるのが妥当だろうな。確認だけどさ、佐冬真奈のような少女を、この学園で見かけたことなんてないよな」

「ありません」

「そうか。じゃあ、佐冬が自分で書いたのかな……」

 首をかしげながら、朽木は紙をしまった。あたりを見回してから、口を開く。

「まあ、スケッチブックの件は事件とは別問題なんだろう。話をもどすが、俺はもうすこし事件を詳しく調べたいと思っている。そのためにふたりで協力して、聞き込みを行いたいんだ。なにか重要な証言が得られるかもしれないだろ」

「その可能性は否定できません」

「失踪が確認されたのは九月三十日だ。その前後に、なにか気になることや変わったことはなかったか、聞いていくんだ。どんな些細なことでもいい。犯人につながる手がかりになるかもしれない」

「聞き込みの対象はクラスメイトでよろしいですか?」

「ああ。さすがに教職員は報告を怠らないだろうからな。俺と亜桜を除いた、九名の生徒が対象だ」

「手分けをして捜査しますか? そのほうが効率が良いと考えられます」

 朽木は腕を組み、椅子に背をあずけた。

「手分けか……。別行動すると、危険じゃないか?」

「朽木さんは、失踪がまだ続くと考えているのですか」

「『みんな死ぬ』――」と朽木はひとりごちた。「犯人は自分以外のすべての人間を消すまで、犯行を続けるかもしれない」

「私はロボットですので、死にはしません。命がないため、死という概念は存在しません。したがって、私はそのメッセージの対象外だと考えられます」

 朽木はうつむいたまま、口を引き結んでいた。しばしの沈黙のあと、朽木はいった。

「今の時期だと、襲われる危険性は低いとは思う。十月に入ったばかりだからな。天羽の事件も佐冬の事件も、ともに月末に起きている。理由は不明だが」

「危険性の問題については、考慮しなくてもよいということですね。それでは、捜査対象の生徒の割り振りをお願いします」

 まだ悩んでいるようだったが、朽木は重い口を開いた。

「対象は九名。男子が三名、女子が六名だったな。とりあえず、男子全員は俺が引き受けるとして、あとは……女子ふたりを俺が担当しよう。そうだな、白戸と星川に話を聞いてみよう」

「私は葛葉さん、逆井さん、七海さん、無量さんが捜査対象ですね」

「聞き込みは明日行おう。今日はみんな部屋に帰って休んでいるだろうから」

「承知いたしました。明日ですね」

 亜桜はタスクを記憶に保存した。朽木は手をあごにあて、黙考していた。亜桜に目を向けると、すぐに視線を落とす。

「どうかなさいましたか?」

「今さらなんだけど、本当に協力してもらっていいのか」

「かまいません。それがロボットの義務です。なにか心配事がおありですか?」

「佐冬がなぜ消されたのか。それが問題なんだ」

 朽木は懸念していた問題を語りはじめた。

「天羽が消された理由はわからないが、佐冬が消された理由ならわかる気がするんだ。俺の誘いで、佐冬は天羽の失踪事件を捜査することになった。そうやって、事件に首をつっこんだせいで、佐冬は消されたのかもしれない。俺に協力したら、亜桜が狙われる危険性がある」

 今までの会話で朽木の歯切れが悪かったのは、亜桜の身を案じていたからのようだ。

「先ほども申しましたが、私は犯人が記したと思われるメッセージの対象外です。したがって、私は狙われません。ゆえに、朽木さんが心配する必要性はありません。私は命令を忠実に遂行いたします」

 朽木はいった。

「君は人間だよ」

「いいえ、私はロボットです」

 朽木はまた悲しそうな目をした。すこしの沈黙のあと、朽木は亜桜とともに捜査をすることに決めた。亜桜はうなずいた。

 自分に危険が及ぶとわかっていたとしても、亜桜は朽木の命令に従っただろう。

 ロボット工学の三原則によると、自己を守ることよりも、人間の命令に従うことのほうが優先されるのだ。


       5


 翌日、朝食をとっていると、朽木が向かいに座った。

「可能な限りいっしょにいることにする。やっぱり、危ないと思ってさ」

 亜桜は箸の動きを止めた。

「承知いたしました。それは私のほうでも気をつけたほうがいいですか?」

「そうだな。そうしてほしい」

「承知いたしました」

 亜桜は箸を動かしはじめた。食器に入った食事を口の中へ移動させてゆく。

「ここのメシってあんまりうまくないよな」

「味覚がないため、私にはわかりません」

 朽木はシャケをつつきながらいった。

「うまいのか、まずいのかもわからないのか」

「ロボットにとって味覚は無駄な機能であるため、省略されています」

「そっか……」

 亜桜は周囲を確認した。無量のコップに入った水の残量が、著しく低下していた。席を立とうとしたが、朽木が止めた。

「いいんだ。座るんだ」

「それは命令ですか?」

 朽木は苦々しげにいった。

「命令だよ」

 亜桜は席についた。朽木は箸を置き、真剣なまなざしを向けた。

「いいか。もう、他人のコップの水なんて注がなくていい。それに、食べ終わった食器の片づけもやらなくていい。亜桜のやることじゃないからだ」

「しかし、私はロボットなので――」

「命令だよ」

 朽木はきっぱりといい放った。

「命令ですか?」

「ああ。命令だ。亜桜なら守れるな」

 亜桜は首を縦に振った。

「承知いたしました」


 朝食を終え教室に入ると、時藤実散が奇妙な行動をしていた。白戸の席の前に立ち、首をかしげた状態で白戸をずっと見つめている。白戸は時藤を指差し、ケラケラと笑っている。

 理解不能な行動だった。

 朽木はそんなふたりに近づいていった。聞き込みをするためだろう。亜桜もタスクを実行することにした。

 葛葉言乃は逆井遥とおしゃべりをしていた。捜査対象のふたりだ。まとめて処理できるかもしれない。

「おはようございます」

 まずはあいさつをした。

「お、おはよう……」

 戸惑いながら、葛葉は返事をした。

「聞きたいことがあるのですが、お時間よろしいでしょうか」

「いいけど……なに?」

 葛葉は切れ長の目をぱちぱちさせていた。後ろの席にいる逆井は、憂鬱そうな顔で爪をいじっていた。

「佐冬真守さんの失踪の件なのですが」

「佐冬君の――」

 葛葉がいいかけたところで、逆井が割って入った。

「聞き込みでもしているのですか」

 爪をいじりながら、逆井はいった。

「その通りです」

「『事件が起こった日になにか変ったことはなかったか』などと聞いてまわる、おなじみのくだりでしょう」

「事件が起こった日は不確定です。失踪が確認されたのは九月三十日ですが、その前日に事件が起きていたのかもしれないからです。三十日前後に、なにか変わったことはなかったでしょうか」

「現時点で聞き込みを行ったところで、新たなる事実が浮上するとは思えません」

「その発言に根拠はあるのですか」

「根拠はありませんが、すくなくとも私にわかることはありません。葛葉さんも同じですよね」

「そうだけど……。逆井さん、その態度はあんまりなんじゃない?」

 逆井は葛葉をにらむと、亜桜に視線を移した。

「犯人がいると想定しているのですか」

「想定の範囲には入っています」

「私は犯人から除外してもらってもよろしいですか。私には手がとどかないのですから」

 逆井遥は重力が反転したセカイの住人である。このデータは亜桜の記憶にも保存されていた。人間が天井からぶら下がっているように見えるため、手がとどかないと主張しているのだ。たしかに、逆井には犯行は不可能だ。本当にそう思い込んでいるのだから。

「亜桜さんも除外されますね。ロボット工学のなんとか原則で」

「ロボット工学の三原則――第一条、ロボットは人間に危害を加えてはならない」

 亜桜は人間を傷つけることはできない。したがって、犯人ではありえない。朽木が亜桜を協力者に選んだのも、犯人ではないと考えたからかもしれない。

「まあ、葛葉さんには可能かもしれませんけれど」

 逆井はほおの端をつりあげた。

「ちょ、なんてこというの」

「主旨からずれてしまっています。逆井さんがいうように、新たな事実が得られないようでしたら、私たちは時間の浪費をしているにすぎません。人間の命は有限です。したがって、時間は有効的に用いたほうが賢明です」

「そうかもしれませんね。ですけど、私にもすこし主張させてください。新たな事実ではないけれど、事件解決のための鍵を提示できるかもしれません」

「どのような情報ですか」

「基本的なことですが、殺人の方法です。犯人はどのような凶器を用いて、なんの物音もたてずに人を殺し、死体を隠蔽したのか」

「なぜ犯行が物音もたてずに行われたと考えるのですか」

「誰も犯行に気づいていないからです。おそらく犯人は一撃で、しかも無音で人を殺せる凶器を所持していたにちがいありません。それはどのような凶器だったのでしょうか。また、この霞ヶ原学園では所持品のチェックが徹底的に行われており、凶器となるような物など所持できるはずがありません。犯人はどうやって凶器を持ち込んだのでしょうか。凶器を明らかにすること。これが事件解決の鍵ではないでしょうか」

 そのとき、担任の渡辺が教室に入ってきた。もうすぐ朝のホームルームがはじまる。

「貴重な情報ありがとうございました」

 会話を切り上げ、自席にもどろうとしたが、「ちょっと待って」と葛葉に呼び止められた。

「なんでしょうか」

「あ、あのさ、亜桜さんって――」

 そこでチャイムが鳴った。葛葉は「やっぱりいいや」と苦笑した。

 みんな自分の席にもどっていくが、時藤だけはちがった。突っ立ったままである。渡辺が注意しても、まったく動かない。時藤は無量素子の席の前に立ち、首をかしげた状態で静止している。白戸にした行為と同じだった。

 渡辺は時藤の手を引き、席に座らせた。


       6


 聞き込みを行うのは、時間に余裕があるときのほうがよい。話がどれだけ長くなるかわからないからだ。亜桜は昼休みに、七海に話を聞こうと思っていた。昼食をとったあと、授業がはじまるまで時間がある。

 昼食は朽木といっしょに食べた。聞き込みの経過を報告しようとしたが、朽木はそれを拒んだ。人がいる場所で行うのは避けたいそうだ。報告は放課後、図書室ですることになった。

 七海が食事を終えると、亜桜はそのあとを追っていった。だが、亜桜以外にも七海を追う者がいた。猪爪武だった。七海の後ろにぴったりとくっついている。

 ふいに七海は振り向き、手にした杖を猪爪につきつけた。

「ついて来ないでくれる?」

 七海は辛辣にいい放った。

「お、おれ、別に悪気があった、わけじゃ――」

 獣のように荒い息をしながら、猪爪はいった。

「私、トイレに行きたいんだけど」

 そこは女子トイレの前だった。

 猪爪は肩を落とし、

「おれ、廊下で、待ってる」といった。

「勝手にすれば」

 七海は女子トイレに入っていった。

 トイレの前に聞き込みをするのは、非常識だと亜桜は判断した。用をたすというのは緊急性を伴う行為であり、邪魔をしたら人間に危害を及ぼす可能性もある。

 猪爪とふたりで七海を待った。猪爪は落ち着きがない様子で、髪をやたらにかきむしっていた。その表情は悲壮感にあふれている。観察していたのに気づいたのか、猪爪は顔をあげた。

「亜桜は、トイレに、入らないのか?」

「入りません。今は七海さんがトイレから出てくるのを待っているのです」

「七海に、用があるのか」

「そうです。猪爪さんも七海さんに用があるのですか」

「ちがう。俺はただ……」

 猪爪はばりばりと頭をかく。

「俺、七海のことが、心配なだけなんだ」

 七海美衣菜は他人との接触を拒んでいる。したがって、単独行動している場合が多い。他者の目を気にしなくていい分、犯人が狙いやすい対象であるといえる。そんな七海を心配し、いっしょにいようとしているのだろうか。

 やがて、七海がトイレから出てきた。杖をカッと床につく。

「なんなの、ふたりして」

「七海さんに聞きたいことがあって、参りました」

「ロボットが私に?」

「佐冬真守さんの失踪事件ついてです」

 七海は亜桜をにらみつけた。

「なにが聞きたいの?」

「九月三十日前後、なにか気になることや変わったことはありませんでしたか?」

「特にないけど」

 と七海はそっけなく答えた。情報が得られないのであればしかたがない。

「わかりました。ありがとうございました」

 亜桜が礼をして顔をあげると、もう七海は踵を返していた。猪爪はじっと亜桜を見つめていたが、急いで七海を追いかけていった。


       7


 残るタスクは無量への聞き込みだった。亜桜は放課後にタスクを実行に移した。

 授業終了のチャイムが鳴ると同時に、無量の席に最短距離で移動した。無量は授業後、すぐに教室を出てしまうので、迅速につかまえる必要性があった。

「こんにちは」

「いきなりなんだね?」

 無量は即座に切り返した。机上にある教科書やノートはきれいに整理されていて、帰る支度は完了していた。

「お聞きしたいことがあるのですが」

「くだらない質問だったら怒るぞ」

「佐冬真守さんの失踪事件についてです」

「それはくだらないとはいえないな」

 無量は座りなおした。

「九月三十日前後、なにか気になることや変わったことはありませんでしたか?」

「ない。だが、ないという事実こそが問題なのだろうな」

 眼鏡を外し、ため息をつくように息をかけた。くもったレンズをふきはじめる。

「佐冬真守は脱走を予感させるような態度を見せなかった。自発的に逃げた可能性は低い。天羽純の件も同様だった。人間の心理は計り知れないものだが、二回連続しかも月末という同じ時期に起こりうるだろうか」

 無量は眼鏡を光にすかし、眉をしかめると、またふきはじめた。

「何者かによって天羽や佐冬は消された。そう仮定すれば、さきほどの謎は解決する。その何者かの存在を示唆する証拠もあった。『みんな死ぬ』という黒板に書かれた例のメッセージだ。しかし、ここでさらに困難な問題が立ち上がる。その何者かはどのように人間を消失させたのか。便宜上、その人物を犯人と呼ぶとしよう」

 今回も有用な証言は得られそうになかったが、亜桜は話を最後まで聞くことにした。次に聞き込むべき人間はいないため、時間にはゆとりがある。また、逆井のときのように無量の意見も貴重なデータになり得ると考えた。

「人間を消す――。『消す』とは具体的に説明すると、対象の人物を我々の目に入らないところに移動させ、一切のコミュニケーションを取れない状態にしておくこと、である。そしてその状態には二種類のパターンが考えられる。対象が生きている場合と、死んでいる場合だ」

 ほとんどの生徒は教室を出ていた。残っているのは亜桜と無量そして時藤だった。時藤はドアのそばに立ったまま、顔を四十五度の角度にかたむけている。亜桜ではなく無量に注目しているようだ。顔をかたむけたポーズは疑問を表現するものだが、時藤は無量のどこに疑問を感じているのだろうか。

 ほどなくすると、時藤は教室から去った。

「しかし、君は座らないのかね」

 無量は眼鏡をかけなおし、そうたずねた。

「私はロボットですので、長時間立っていても苦痛ではありません」

「そうだった。君はそういったセカイ観だったね」無量は口の端をつり上げた。「話をもどそう。まず、対象が生きている場合を考えてみよう。対象はどこかに監禁されており、身動きが取れない状態にある」

「しかし、学園内のどこにも天羽さんや佐冬さんの姿はありませんでした」

「それはちがうな。捜索がきちんと行われたかどうか、私たちには確認できない箇所がある。教職員の居住スペースである四階と各生徒の個室だ。いずれも教職員が捜索したという話だったが、四階は生徒の立ち入りが禁止されているし、個室は使っている生徒以外が中に入ることは難しい」

 個室には鍵がかけられるようになっている。鍵は個室に住む生徒ひとりひとりに配られている。施錠された個室に入るためには、その個室の生徒の鍵が必要になる。

「それでは、無量さんは個室に生徒が隠されており、教職員が見つけることができなかったとお考えですか」

「いや、その線はうすいと思う。生徒が生きている場合においても、死んでいる場合においても、個室ではいずれ勘づかれるだろう――音やにおいでね」

「では、四階のどこかに生徒が隠されているとお考えですか。その場合、犯行は教職員によるものとなりますが」

「そう、犯人は教職員である。生徒を四階に拉致し、監禁したのだ」

「生徒を拉致するメリットがあるのでしょうか」

「あるよ。私たちを研究するためだ。ここには極めて特殊な人間たちがいる。四階には実は研究施設があり、選ばれた人間はそこで非人道的な実験を受けるのだ。学園を閉鎖状態にしてあるのは、そんな研究内容を秘匿するためだった」

「憶測にすぎません」

「そうだね。すこし想像力を働かせすぎたかもしれないな。だが、霞ヶ原学園という特殊な環境から考えると、不思議はないと思うがね」

 一呼吸置くと、無量は持論の展開を続けた。

「次は、対象が死んでいる場合を考えよう。この場合はさらに二種類のパターンにわけられる。どこかに対象を移動させたあと殺害するパターンと、殺害してから対象を移動させるパターンだ。前者の場合はさきほどと同じように、教職員の犯行と考えられる。捜査の盲点であった四階に対象を移動し得るのは、教職員のみだからだ。しかし、後者の場合は犯人が教職員のみという可能性以外も考えられる」

「教職員以外の犯人ということは、生徒ですか」

「その通りだ。殺害と移動は別々の人物が行ったという考えだ。たとえば、殺害を行ったのは生徒だった。そして、移動は教職員が行った。証拠の隠滅も教職員の仕業かもしれない」

「教職員はなぜそのような行動をとったのでしょうか」

「学園内で起きた殺人事件を隠蔽したかったのだろう。殺人の事実がばれれば、ただごとじゃすまされない。そこで、教職員の中での秘密にしておこうと考えた」

「妥当な理由です。では、生徒が殺人を犯した動機はなんなのでしょうか」

「そういったセカイ観なんじゃないか」

 自嘲気味に無量はいった。そして、席を立った。

「私の見解はこんなところだ。データが不足しているから、この程度のことしか語れない。まあ、事件解決の助力になればいいがね」

「ご協力ありがとうございました」

「いっておくが、これからは一切の協力をしない。私にはいるかいないかわからないような犯人を追う時間はない。研究で忙しいからね。しかし、私が消えたら元も子もないから、早急に事件を解決してくれたまえよ」

「無量さんはどのような研究を行っているのですか」

「リーマン予想の証明さ。君はこの問題を知っているかね」

 『リーマン予想』――。亜桜は電子頭脳に内蔵されたデータベースから検索した。

「リーマンが提出したゼータ関数の零点の分布に関する予想。素数の分布と密接に関連し、この証明は数学の重要な未解決問題の一つとされる」

 無量は亜桜の手元を凝視していた。

「君はいつも電子辞書を持ち歩いているのかね」

「電子辞書は持ち歩いていません。私の電子頭脳には様々な知識が保存されているため、持つ必要がないのです」

「しかし、君の手には――まあいい。それが君のセカイなのだな」


       8


 夕食後、図書室で結果を報告することになった。朽木も聞き込みを終えたそうだ。

 椅子に腰かけると、亜桜は報告を開始した。

「新たな情報は得られませんでしたが、事件解決の参考になる意見を聞くことができました」

 亜桜は逆井と無量の見解を、簡潔に説明した。

 いい終えると、朽木は小さく首を振った。

「凶器の問題はたしかに重要だ。あと、教職員が犯人だという意見だが、可能性の話をすれば、いくらでも推測が立てられる。必要なのは確たる証拠だ」

 どうやら亜桜の聞き込みは徒労に終わったようだ。しかし、亜桜は悲しまない。感情が存在しないからだ。

 朽木は自分の捜査結果を報告した。

「俺はひとつだけ使えそうな証言が得られた。猪爪からだ。失踪発覚の前日、午後九時頃、白戸が佐冬の部屋に入るのを目撃したらしい」

「なぜ白戸さんは佐冬さんを訪問したのでしょうか」

「白戸を問い詰めたが、ただ嗤っているだけだった。俺は白戸があやしいと思っている。あいつなら、なんのためらいもなく人を殺せるだろう。この世のすべてを嗤っているんだからな」

 語尾がかすれた。怒りで唇がふるえているのだ。

「しかしなぜ、猪爪さんはそのような重大な事実を黙っていたのでしょうか」

「犯人に聞かれるのが怖かったそうだ。俺が猪爪と話したときは、まわりにだれもいなかった。猪爪は犯人を探している俺を信用して、話をしてくれた」

 だれが犯人かわからない状況では、疑心暗鬼になっても無理はない。

 しかし、白戸が犯人だと仮定しても、凶器の問題は未解決だ。亜桜はその点を朽木にたずねた。

 すこし考えたあと、朽木はいった。

「たとえば、ひも状の物ぐらいなら、この学園にいくらでもあるはずだ。首をしめて殺す場合、なんの物音もたたない。そのひもが学園内のありふれたものなら、ただ元の場所にもどしておくだけで、凶器の処理は完了する」

「なるほど。白戸さんは佐冬さんを絞殺した。そして、死体の処理を行う。猪爪さんは白戸さんのその後の行動は見ていないのですか」

「見ていない。白戸が佐冬を訪問したことに疑問は感じたが、すぐに自分の部屋にもどった。その後、部屋を出ることもなかったから、あとのことはわからない」

「白戸さんは佐冬さんの死体をなんらかの方法で隠蔽した。その方法は――」

「亜桜」と朽木はいった。「その〝死体〟って表現、なんとかならないか」

「他の言葉に置き換えるということですね」亜桜はデータベースから検索した。「それでは〝死骸〟という表現でよろしいですか」

 朽木はテーブルを指で叩いていた。いらだちを表す行動の一種だった。

「なにか失礼なことをしたでしょうか」

 朽木は指の動きを止めた。

「なにも感じないんだな」

「感覚情報を入力する機能はあります」

「そういうことじゃない。俺がいっている意味がわからないのか」

 処理速度を最速にして思考したが、亜桜には意味がわからなかった。

「わかりません」と亜桜はいった。

 朽木は手を組み、額を押しつけた。

「そうか……」

 その様子からは絶望の感情がうかがえた。

「なんでそんな風になっちまったんだろうな」

 ため息をもらすように、朽木はいった。

「私は日々、アップデートされています。よりよいロボットになるように、改善されているはずなのですが」

「どうして自分がロボットだって思い込むようになったかってことだよ!」

 朽木は部屋中に響き渡るほどの声でいった。

「私は最初からロボットです。朽木さんは私を人間だと思い込んでいるのですか」

 朽木は両手で顔をおおい、数秒後、勢いよく席を立った。

「煙草でも吸いに行くよ」

「ご同行いたします」


       9


 時間は機械的に経過してゆく。

 亜桜と朽木は事件についての議論を行ったり、犯人と目されている人物である白戸恵夢を監視したりしたが、成果は上がらない。

 十一月もなかばにさしかかっていた。そうこうしているうちに、月末がやってきてしまう。事件の傾向から考えて、今月の末に犯行が行われる可能性は高い。

 だが、いくらあせったところで、事件の解決にはつながらない。

 朽木は頻繁に煙草を吸うようになった。きっと精神が不安定になっているからだろう。

 佐冬真守の代わりになり、朽木が落ち込んでいるのを助けるというのが、当初の目的だった。捜査に加わることで、朽木と行動をともにすることはできたが、いまだ朽木は暗い表情をしている。

 事件が解決されれば、朽木は救済されるのだろうか。それとも、亜桜になにか問題があり、佐冬真守の代わりが務まらないだけなのだろうか。

 たとえば、亜桜は朽木についての詳細なデータを得ていない。背景や趣味嗜好など――取得していないデータは多い。データを得られれば、朽木のことをより知ることができる。相手を知れば、適切なコミュニケーションがとれ、親密度も向上するだろう。

 佐冬は朽木と同じ人間だったから、朽木の人格を理解しやすい。しかし、ロボットである亜桜には、膨大なデータが必要になる。

 データ不足。それが、問題点であると推定される。

 解決のためには、データの取得が必須だ。

 亜桜はすぐに行動に移した。


 いつものように朽木は屋上で喫煙をしていた。校舎の中では教員の目があるし、天井にはいたることろに火災報知器が設置されている。生徒の個室も例外ではない。自分の部屋で煙草が吸えないと、朽木は嘆いていた。校舎の中で喫煙できるのは保健室ぐらいだ。森崎が特別に火災報知器を部屋から外したらしい。

 陽は落ちかけている。人間なら美しい光景だと感じるのかもしれない。亜桜には理解できない感覚だ。しかし、理解しようと努めている。

「好きな食べ物はなんですか」

 亜桜の質問に朽木は苦笑した。

「唐突だな。どうかしたのか」

「故障はしていません。ただ、朽木さんのことをもっと知りたいと思ったのです」

「どうして」

「より親密になるためです」

 朽木は声を出して笑った。これはいい反応だ。笑いは他者を受け入れている証拠である。

「カレーかな」

「なるほど」亜桜はデータを入力した。「それでは、好きな色は?」

 また、朽木は笑った。こんなに笑っているのは見たことがない。

「黒とかかな」

「なるほど。それでは、趣味はなんでしょう」

「ちょっと待ってくれよ。その調子でずっと続くのか」

「質問は三十項目、用意しています」

「多いよ」

 朽木は笑いが止まらないようだ。雰囲気はいいが、質問が多いというのは亜桜のミスである。大量のデータを取得するためには、多数の質問が必要だったが、厳選して用意するべきだった。

 亜桜は質問を優先順位で並べ替え、最も優先度の高い質問を選択した。

「朽木さんはこれまで、どのような人生を歩んできたのでしょうか」

 人格を形成するのは記憶である。したがって、記憶の情報を取得できれば、人格の理解に役立つ。

「難しい質問だな」

 朽木は笑うのをやめた。

「ろくな人生じゃないけど、それでも話さなくちゃダメか?」

「もちろん、強制ではありません。単なる私の希望です」

 朽木は新しい煙草に火をつけた。

「こんなこと佐冬にも話したことないな――」

 寂しそうにつぶやいたあと、朽木は自分の過去を語りはじめた。

「ガキのころは楽しかったよ。なにも考えずに友達と遊んでた。だけど、中学に入ってから、人とつきあうのが嫌になった。あのときは、いつもひとりだったな」

「どうしてそのような傾向になったのでしょうか?」

「親父が死んで、母さんが狂った。それが原因だろうな」

 亜桜はただうなずいた。朽木は話し続けた。

 中学生のころ、朽木の父は病気で亡くなった。それはしかたがないことだった。しかし、朽木の母はその事実が受け入れられなかった。毎日泣き叫び、手がつけられなかったそうだ。おそらくヒステリーの一種だろう。

 朽木は自分のおかれた悲惨な境遇から、平凡に暮らしているクラスメイトを憎むようになった。だれとも話そうとせず、人間関係は冷えこんでいった。学校の勉強にも興味がなく、授業もろくに出なかった。校舎の裏でよく煙草を吸っていたそうだ。

 家に帰ると、狂った母が待っていた。最悪の状況。

 鼠が見えるようになったのは、そんなときだった。

 鼠とは朽木固有の幻覚である。いたるところに、他者には見えない鼠がうろついているという、特殊な幻覚だ。

 はじめは自分も母と同じように、気が狂ってしまったのではないかと困惑した。だが、しだいに慣れてゆき、飼っているかのように扱うようになった。

 鼠と戯れながら、日々を過ごした。やがて中学三年生になり、進路を決める時期がやってきた。朽木はなにも考えていなかった。鼠の世話でいそがしかったのだ。

 教師は霞ヶ原学園を紹介した。朽木のような特殊な人間だけが集まる高校だという。教師には幻覚の症状を訴えていた。朽木は鼠が見えはじめた当初、頭がおかしくなったのではないかと思い、校内のカウンセラーにすべてを告白していたのだ。

 朽木は霞ヶ原学園への進学を決めた。その決め手は、霞ヶ原学園が全寮制であることだった。狂った母から離れたかったのだ。母のことはすでにあきらめていた。回復の兆しも見えず、ただ狂い続けてゆくだけだったからだ。

 学力試験は必要なく、その人物の症状が合格の条件だそうだ。

 朽木は合格し、霞ヶ原学園に入学した。


 以上のデータを亜桜は記憶に保存した。

「ありがとうございました。とても参考になりました」

 データは入力した。朽木の人格の理解度は向上しただろう。

 朽木は三本目の煙草を吸い終わったところだった。

「俺が話したんだから、亜桜も話してよ」

「なにをですか」

「亜桜はこれまでどんな人生を送ってきたんだ?」

「私はロボットなので、人生という表現は適切ではありません」

 朽木はあごに手をあて、すこし考えた。

「じゃあ、こういえばいいのかな。造られてから、霞ヶ原学園に入学するまでの記憶について教えてよ」

 亜桜はきっぱりといった。

「ございません」

「え?」

 思いもよらない返答だったようなので、亜桜は説明をほどこした。

「私は霞ヶ原学園についたときに、初めて起動しました。なので、それ以前のことについては知りません」

 朽木は顔をしかめた。

「それは嘘だ。なにも覚えてないなんて」

「本当です」

「そうやって自分のセカイを正当化しているのか」

「私はロボットです。それ以上でもそれ以下でもありません」

 ふいに朽木は手をのばした。そして、亜桜のほおにふれた。

「君は人間だ。機械ならもっと硬くて冷たいはずだ」

「人間と同じように造られているから、そう感じるだけです」

「じゃあ、この髪は?」

 朽木は髪にふれて、そうたずねた。

「造りものにすぎません」

 朽木は手を引いた。そして、じっくりとその手を見つめる。やわらかくにぎると、空の様子をうかがうように、視線をさまよわせた。

「亜桜がロボットだっていうんなら、俺の命令を聞けるな。ロボット工学の三原則だったか」

「第二条で、人間の命令に従うように規定されています」

「キスしてよ」

 その発言を処理するのに、すこし時間がかかった。想定の範囲外の言葉だったからだ。

「その行為は通常、人間が人間に対して行うのではないでしょうか」

「でも、命令なんだ」

 朽木は断固とした口調でいった。

「わかりました。しかし、私は人間と同じように造られているため、同じように唾液から感染症に罹る可能性があります。その点をご了承いただけますか」

 朽木はひとつため息をついた。

「了承するよ」

 自分の唇を朽木の唇に重ねた。

 朽木が抱擁してきたので、そのままの状態がしばらく続いた。

 体温が、鼓動が、伝わってきた。

 朽木梓は生きていた。私とはちがって。

 キスが終わっても、朽木は抱擁を解かなかった。

 亜桜はたずねた。

「私は佐冬さんの代わりを務められているでしょうか」

「代わりだって?」

「佐冬さんがいなくなったあと、朽木さんはとても落ち込んでいました。私は佐冬さんの代わりになり、意気消沈している朽木さんを救おうと考えたのです」

「バカだな。亜桜は亜桜だよ」

 耳もとで朽木はいった。

「バカですか。私にはまだ学習が足りていないのですね」

 朽木はゆっくりと身体を離した。顔を見ると、すこし涙ぐんでいた。私がなにか傷つくようなことをしたのかと聞くと、朽木はちがうよと答えた。


 その日の夜、亜桜は朽木の部屋ですごした。


       10


「梓さん」と亜桜はいった。

 あの日以来、朽木のことを梓と呼んでいる。そう命令されたからだ。

「計画とは具体的にはどのようなものでしょうか」

「細かい点は話し合いながら、決めたいと思っている」

 今日は十月二十五日。今月が終わるまであと一週間だった。そろそろ犯人が動き出すときだと、朽木は考えていた。そして、その対策となる計画を練ったそうだ。

 図書室のいつもの席についた朽木は、真剣な面持ちだった。

「まず、今までの事件を確認しよう。天羽も佐冬も、失踪発覚前日の夕食時にはその姿が目撃されている。そして、次の日の朝食時ではだれも姿を見ていない」

 このことは亜桜が一番よく知っている。亜桜は食事の時間、すべての人間に気配りをしていたからだ。

「したがって、犯行がなされたと考えられる時間帯は、夕食後から翌日の朝食までの間だ。夕食は午後六時から午後七時まで。朝食は午前八時から午前九時までの間と決まっている。目撃証言もあるが、確実にいえるのは、午後六時から翌日午前八時までの間に犯行はなされたということだ」

「その通りだと思います」

「この学園は午後十時には完全に消灯される。そのことをふまえて、さらに犯行の時間をせばめたいと思う。犯人はなんの証拠も残さずに、人間を消した。そんなことを暗闇の中で行えるだろうか。そもそも、犯人はそんなリスクを冒すだろうか」

 亜桜は思考し、回答した。

「可能性は低いと考えられます」

「だとするなら、犯人は午後十時から夜明けまでの時間、犯行におよばなかったはずだ」

 電気が点くのは午前六時からである。朽木が夜明けといったのは、電気が点くよりも太陽が昇るほうがはやいからだろう。

「犯人は深夜に行動していない。しかし、寝ている間は警戒できないため、人を襲いやすい時間であることも事実です」

 朽木は人差し指を立てた。

「もうひとつ根拠がある。個室に鍵をかければ、外側から開けることはできない。こんな状況だ。みんな警戒して、鍵をかけているだろう。さらにいうと、今までに部屋をこじあけられている形跡はなかった」

 亜桜は提示されたデータを整理し、言葉にして出力した。

「犯人が部屋に入るのは困難であるし、暗闇での証拠隠滅も困難である。ゆえに、深夜の犯行の可能性は低い。だとするなら、犯行時間は午後六時から消灯時間である午後十時まで、そして夜明けから午前八時までにしぼられます」

「そして、鍵がかかっていることを仮定すると、犯行時間は朝起きて部屋を出た時間から、午前八時までに限定される。部屋にはシャワー・洗面台・トイレが完備されているから、朝食以外に部屋を出る理由はないと思うんだが」

「推測にすぎませんが、その可能性は高いと考えられます。そうすると、部屋を出て朝食に向かうわずかな時間で、犯人は犯行に及んだはずですが、その短い時間は人ひとりを消すには不適当だと思われます」

「つまり、朝の時間の犯行は消去される。したがって、犯行時間は午後六時から午後十時までだ」

 朽木の発言に、亜桜は訂正をうながした。

「多分に憶測を差し挟んでいます。断定するよりも、可能性が高いという表現が適切かと思われます」

 朽木は椅子に座りなおした。

「そうだな。だが、犯行時間をここまでしぼったのには理由がある。というのは、見張りをしようと考えてるんだ。すべての時間で見張っているわけにはいかないから、犯行時間を限定してみたんだ」

「なるほど。見張りですか。しかし、生徒だけでも私たちを除いて九人います。二人見張れば、七人余る計算です」

 首を横にふり、朽木はいった。

「見張るのは生徒自身じゃない。個室を見張るのさ」

「どういうことでしょうか」

 朽木は説明をはじめた。

「俺たちは廊下で見張りをし、個室の出入りをチェックするんだ。二人ならすべての個室をチェックできる。いろんな場所を巡回して警戒するより、この方が確実に犯人をしぼりこめると思うんだ」

「同意します。歩き回っていては情報が散漫になり、確実なデータは取得できません」

「たとえば、食事が終わったあと、すぐに部屋に帰る人間もいる。部屋に入るところを確認し、十時まで部屋を出なかったなら、その人間は容疑者リストから外れる。逆にいつまでも部屋に帰ってこない人間はあやしい。なにをしているかわからないからな」

「しかし、犯罪がその時間帯に行われことを証明しなければ、犯人をしぼりこめません」

「それは簡単だ。犯行があった場合、十時までに個室にもどらなかった人間がひとりはいるはずだ。つまり、消されてしまった人間だ。俺たちは入退室をチェックしているから、もどらなかった人間がいるのはわかるはずだ」

「なるほど。それを確認すれば、犯行の有無はわかりますね」

「これが俺の考えた計画だ。見張りをしていれば、犯行の抑止にもつながるしな」

 そして、朽木は見張りの段取りを説明しはじめた。

 男女の個室は離れた場所にある。男子の個室は校舎の北側に、女子の個室は校舎の南側に沿って、設置されている。また、連なった男女の個室の間には、廊下を挟んで洗濯室と休憩室がある。

 つまり、三階には男側と女側、二本の廊下があり、それぞれから中央にある洗濯室と休憩室に行けるようになっている。この二部屋によってできた壁が原因で、男女の個室を両方とも同時に見ることはできない。

 そこで、男側の廊下にひとり、女側の廊下にひとり、見張りが必要だった。見張りは廊下の角に立ち、並んだ個室のドアを監視する。

 どちらがどの廊下で見張りをするか、朽木は悩んでいた。

「俺が男側、亜桜が女側を見張るのがふつうだけど、女側には白戸がいるからな……」

 白戸が最も犯人の可能性が高いと、朽木は考えていた。そのため、女側の廊下に亜桜を配置するのをためらっていた。廊下にひとりで立っているのは無防備であり、襲われる危険性は否定できない。

 朽木が犯人の襲撃を恐れるのには理由があった。

 見張りをしている間、お互いの姿が確認できないのだ。

 男女の廊下の端と端は、廊下でつながっているが、その廊下は建物の構造上、屈曲していた。廊下を遮るように、巨大な柱が立っており、廊下はそれを迂回する。柱によって、視界が遮られてしまうのだ。

 互いの安否を確認できないため、見張り場所の決定に悩むのも無理はなかった。

 結局、朽木は男側、亜桜は女側の廊下を見張ることになった。仮に男子が犯人だった場合、亜桜が男側にいては力の差があるため危険という判断だった。

 しかし、生徒の移動は自由であるため、立ち位置についての議論はあまり意味がないと考えられる。おそらく朽木は心理的に、犯人が住んでいる個室という空間から、私を遠ざけたいのだろう。

 見張りは今晩から今月の終わりまで、実行されることになった。


       11


 十月二十八日。見張りをして、四日目になる。事件は起きていない。左側の壁面に女子の個室のドアが並んでいる。手前から順に、亜桜、葛葉、逆井、白戸、七海、星川、無量である。

 時刻は午後九時二分。亜桜を除いた女子はすべて、個室に入った状態である。目立った動きや物音は存在しない。

 亜桜は処理能力の余剰分を、課せられたタスクの確認に割り当てた。

 タスクは以下の四点である。


・基本的にはその場から動かず、個室の見張りを行う

・個室を入退室した生徒および時刻を把握する

・午後九時五十五分になったら、朽木に結果を報告しに行く

・自身が危険な状態に陥る可能性があるとき、大声で朽木を呼ぶ


 難しいタスクではなかった。亜桜はきれいな気をつけの姿勢をして、ドアを監視していた。視界に黒い影が映った。鼠だった。

 廊下に一匹の鼠がうろついている。黒く大きな鼠だ。この学園は改装された建物だそうなので、老朽化が進んでいるのかもしれない。鼠は廊下の奥に消えていった。

 ふいに、ドアがゆっくりと開いた。白戸恵夢の部屋だった。

 すこし開いたドアの隙間から、こちらをうかがっている。小刻みに揺れているのは嗤っているからだろう。

 白戸は部屋を出て、ドアを閉めた。小さな身体には大きすぎる水玉のパジャマを着ている。顔にはおなじみのマスクをつけていた。三日月型の嗤いのマーク。

 白戸はパジャマのすそをひきずりながら、近づいてきた。長すぎる袖で隠れてしまっているが、手にはなにも持っていないようだ。凶器の所有が認められないため、自身が危険な状態に陥っているとはいえない。

 顔を接近させてくる。白戸はのどを鳴らして嗤っていた。

 そして、亜桜の周囲をぐるぐると回りはじめた。

 不愉快に思うのがふつうだが、亜桜は自分がロボットだと妄信しているため、気にしない。個室のドアを凝視し続けた。

 白戸は回ることにあきると、奇妙なステップで進んでゆき、七海の個室の前で止まった。こちらに手を振っている。理解不能な行動だ。

 長い袖からちょこんと出た指が、七海の個室のドアを指し示した。

 身体をこきざみに揺らし、嗤っている。

 しかし、こらえきれなくなったようで、お腹をおさえてケタケタと嗤いはじめた。

 論理性を欠いた行動だった。

 白戸はまた手を振り、ドアを指さす。

 亜桜はそのままの姿勢で観察していた。

 白戸は七海の部屋のドアを軽くノックした。こちらを見て、またノックする。そして、身をよじるようにして嗤いはじめる。

 すると、ゆっくりとドアが開かれた。ドアはこちらに向かって開くため、七海の姿は見えない。白戸は吸い込まれるようにして、部屋の中に入っていった。

 午後九時十三分、白戸が七海を訪問。

 亜桜は内蔵されている時計を確認し、記憶に保存した。実際は腕時計を見ただけなのだが、亜桜には認知できない。

 ドアは開いたときとは異なり、すみやかに閉まった。

 五分後、奥にある階段から担任の渡辺と栗原という国語教師が降りてきた。渡辺は大きな黒い袋を持っている。

 ふたりは亜桜を一瞥したが、すぐに七海の部屋に入った。鍵はかかっていなかったらしい。

 二十二分後、午後九時四十分にふたりの教師は部屋から出てきた。

 渡辺は大きな袋を引きずって出てきた。入る前は空のようだったので、七海の部屋でなにかを入れたらしい。

 人ひとりぶんの大きさぐらいにふくれていた。

 渡辺は重そうな袋を廊下に置くと、亜桜のほうに歩んできた。栗原は袋の近くでまわりを見渡している。

 ささやくように渡辺はいった。

「できるだけ小さな声で話してください」

 亜桜は渡辺の命令に従い、声量を下げて返事をした。

「承知いたしました」

 渡辺はうなずき、そしてたずねた。

「亜桜さんは朽木さんにどのような命令をされのでしょうか」

 亜桜は四点のタスクについて説明した。

「なるほどです」

 渡辺はそういい、あごに手をあて目を伏せた。なにか思いついたのか、口の端をつりあげる。

「では、私からも命令させてください」

「なんなりとお申しつけください」

「私と栗原さんのことは見なかった。さらに、あそこに転がっている袋も見なかった。そういうことにしてもらえませんか」

 亜桜は思考を開始した。朽木からは『個室を入退室した生徒および時刻を把握する』ように命令されている。あくまでも生徒が対象であるため、教員は対象外である。したがって、教員を見なかったことにしても、命令に反したことにはならない。

 だが、ひとつ問題がある。あの黒い袋に入っているものはなんなのか。亜桜がたずねると、渡辺は答えた。

「七海さんの部屋が散らかっていたので、すこし片づけたんですよ。いらないゴミを袋に入れたんです」

 袋に入っているのは人間ではないので、袋は対象外であり、見なかったことにしても問題はない。

「渡辺先生、栗原先生、およびあの黒い袋は見なかったことにいたします」

 亜桜は宣言した。渡辺の命令は朽木の命令に矛盾しない。また、命令に従うことによって、人間に危険が及ぶわけでもないため、ロボット工学の三原則に反しない。

 渡辺は満足そうにうなずいた。そして、小声で告げた。

「あとですね、白戸さんはさきほど、七海さんの部屋を出ましたよ」

「私は確認できませんでしたが」

 渡辺と話しているときも、視線は常にドアに向けていたが、ドアが開いた様子はなかった。

「私たちが出てくるときですよ」渡辺は振り返り、ドアを指さす。「ドアがこちら側に開くため、死角になってしまったんでしょう。白戸さんは私たちといっしょに七海さんの部屋を出ました。そして、奥の階段で下に降りて行きましたよ」

 階段も個室と同じように左手にあるため、死角を利用した移動は可能である。渡辺の発言には妥当性があった。

「貴重な情報ありがとうございます」

 亜桜は頭を下げた。頭を上げたときには、渡辺はすでに踵を返していた。黒い袋の両端を 栗原といっしょにもって、階段を上がってゆくところまでが見えた。だが、渡辺の命令により、その様子は見なかったことになった。

 亜桜は見張りを続け、午後九時五十五分になると朽木に報告しに行った。

「白戸さんが帰ってきていません」

 と亜桜は告げた。


       12


 朽木は白戸の部屋に行き、白戸がいないのを確認すると、ただちに四階に向かった。教員たちに白戸がいないことを知らせるためだった。

 教職員そして生徒を含めて学園内の捜索が行われたが、白戸の姿はなかった。

 当然だった。

 白戸恵夢は七海美衣菜によって殺害され、渡辺と栗原が死体を隠蔽したのだから。

 犯行現場は七海の個室である。渡辺と栗原は死体を袋に入れ、四階の部屋に持ち込み、鍵をかけた。四階の捜索は教職員が行うため、生徒たちに死体を見つけることはできない。

 また、七海の個室内は渡辺と栗原によって、証拠隠滅が行われたので、こちらを調査しても証拠はあがらない。

 亜桜亜美は渡辺と栗原を目撃している。そのため、だれが犯人なのか、死体を移動させたのは何者なのか、見当がつきそうなものだが、亜桜はそれを認知できない。思考方法が人間とは異なるからだ。

 加えて、渡辺の命令により、朽木への結果報告も不完全だった。そのため、朽木は誤った解釈に導かれてしまう。亜桜は以下のように朽木に報告した。

「白戸さんは七海さんの部屋を訪問したあと、階下へ向かいました。以降の行動はわかりません」

 無論、渡辺と栗原についての情報が抜けている。また渡辺の命令についても、見なかったことになっているため、報告はされていない。朽木は亜桜の報告を妄信した。亜桜が嘘をつくはずがないと、思い込んでいるからだ。

 亜桜は女子のアリバイも、あわせて朽木に告げた。女子はすべて個室にいて、白戸を除いてだれも退室していないため、女子のアリバイは立証された。

 残るは男子のアリバイだが、アリバイがないのは猪爪だけだった。猪爪が部屋に帰ってきたのは午後九時五十分ごろだった。白戸が階下に向かったのは午後九時四十分であるため、わずか十分で犯行が終わったことになる。

 犯行は不可能のように思えるが、消去法により猪爪が犯人であるとしか考えられなかった。

 朽木は猪爪に疑惑の目を向けた。猪爪は白戸が犯人であると、誤導させるような発言をしていたため、疑われてもしかたがなかった。

 そして、朽木と亜桜は捜査を開始する。もっとも真相に近い、亜桜がそばにいるにも関わらず、朽木は学園内を奔走するのだった。

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