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【ショートショート】雨やどり

 雨の日は、家でゆっくりとするのが一番である。

 それが後藤の信条だった。

 緑茶をすすりながらテレビを見ていると、ドアチャイムの音が鳴り響いた。

 くつろぎの時間は、少しの間おあずけというわけだ。

 後藤はカップを置き、テレビを消した。

「はいはい、今行きますよ」

 そう言って、玄関に向かった。

 インターホンなどというものは、後藤の住んでいるアパートにはついていない。

 木造の古びた建物なのである。

 床を歩くとぎいぎいと音が鳴るし、すきま風もひどい。

 しかし、後藤は趣のある良いアパートだと思っている。

 住めば都というわけだ。

 建てつけの悪いドアを押し開くと、そこには異様な人物(?)がいた。

 頭は三角形で、頭頂部がとがっている。

 触手のような足は八本あり、腕は二本。

 その姿はイカに似ていた。

 人間の大きさをしたイカである。その気味の悪い紫色の体色を除いては。

 雨でずぶ濡れになった体は、ぬめぬめと光っていた。

 そのイカのような生き物は、口のような小さな穴から声を発した。

「雨に降られましてね。どこか休める場所はないか、と探していたんです」

 心配そうに、後藤は言った。

「大丈夫ですか。寒かったでしょうに。さあ、中に入ってください。それじゃあ、かぜをひきますよ」

 後藤はおそらく手であろう触手の先端をにぎり、家の中に引き込んだ。

 これにはイカのような生物も驚いた。

「私のみてくれに何も思わないんですか。私はその、自分で言うのもなんですが……宇宙人なんですよ」

 不思議そうな顔をして、後藤は言った。

「宇宙人でもなんであっても、雨やどりはするでしょう」

 今度は宇宙人が不思議そうに首をかしげた。

 後藤は手近にあったタオルを手に取り、体をふこうとしたが、「自分でやるから大丈夫ですよ」と宇宙人が遮った。

 宇宙人は器用にタオルを腕でつかみ、体中を拭いた。

 タオルはぐっしょりと、水がしたたるほど濡れていた。

「もう一枚タオルがいりますね」

「いや、いいんです。もう十分ふき取れましたから」

「でも、まだ濡れていますよ」

「いや、これぐらいが調度いいんです。体表に水分があるほうが、活発に活動できる体質でして」

「すみません。配慮が足りませんでしたね」

 後藤は軽く頭を下げ、自分の座っていた座布団を差し出した。

 後藤の家に来客などめったにない。

 座布団は一枚しかなかったのである。

「ここにお座りください。今、お茶を淹れますからね」

 幸い湯のみは二つあった。

 宇宙人のために食器棚から湯のみを取り出し、ちゃぶ台をはさんで宇宙人の向かいに座った。

 ポットから急須に湯を入れ、二つの湯のみに交互にお茶を淹れだした。

 宇宙人はその間、きまずそうにうつむいていた。

 さしだされたお茶にも、すぐには手を出さなかった。

 それも当然である。

 地球のお茶というものを、宇宙人は飲んだことが無いのだ。

 宇宙人は初めてこの星に来たのだった。

 ためしに口をつけてみると、熱くてとても飲めそうになかった。

 そして、苦い味が宇宙人には合わなかった。

「どちらの星からいらしたんですか」後藤は満面の笑みで尋ねた。

「まあ……四光年ぐらい遠くの星ですね」

「四光年。それは遠い」

 後藤は心底驚いた様子だった。

「どうしてこの星に来られたんです? 何かの調査ですか?」

「調査といいいますか……個人的な知的好奇心ですね。旅行みたいなことです」

「なるほど、宇宙旅行ですか」

「ええ。しかしおもしろい星ですね。文化レベルも高そうだし……」

 宇宙人はあたりを見回した。

 汚い部屋であったが、テレビやエアコン、電子レンジなどが目についた。

 なかなかの知能だと宇宙人は思った。

 ちゃぶ台に乗っている奇妙な黒い物体に注目し、「これは何ですか?」と取り上げた。

 後藤は微笑んで、「かりんとうですよ」と答えた。

「この星のお菓子です。食べてみてください」

 宇宙人は困惑を隠せなかったが、進められたので断ることもできない。

 触手で黒色のそれをつまみ、ぎょろりとした大きな目で仔細に観察した。

 そして、小さな口に押し当てかりかりと食べ始めた。

 後藤はお茶をすすりながら、「どうでしょうお味は?」と聞いた。

 宇宙人はそれに答えず、かりかりとかりんとうを食べ続けていた。

 何かの機械のように、宇宙人の口はかりんとうを吸い込んでゆく。

 ついには丸々一個食べてしまった。

 ふいに宇宙人は震えだした。

 後藤は「あっ」と叫び、宇宙人に注目した。

 宇宙人はかすかな声を発した。

「なんておいしいんだ……」

 後藤は聞き取れず、「何ですって?」と聞き返した。

「おいしいといったんですよ! このほどよい甘さ! 何とも言えないやわらかな食感! こんなものは食べたことが無い!」

 拍子抜けしている後藤を尻目に、宇宙人は皿に盛られたかりんとうを貪り食い始めた。

「ああ、うまい! なんてうまいんだ!」

 大きな紫色のイカのような生物が、かりんとうを貪るという異様な光景から、後藤は目をそらした。

 ふと脇の窓を見やると雨がやんでおり、青い空に悠々と雲が漂っていた。

 後藤は宇宙人に向かって言った。

「見てください。雨が止んだようですよ」

 宇宙人は四本の触手に――今や足も手のように使っていた――それぞれかりんとうをもちながら外を見て、「本当ですね」と言った。

 口の中がかりんとうでいっぱいだったため、ほとんど言葉になっていなかった。

 宇宙人はお茶を口に流し込み、とんと湯飲みを置いた。

「帰ります。ごちそうになってしまってすみません」

 皿にはかりんとうが一つも無かった。

「いえいえ、何ならお土産にどうです? かりんとう」

「えっ?」宇宙人は思わず大声を出した。

 後藤が棚を開くと、かりんとうの袋が一つ入っていた。

 かりんとうを小さな紙袋に入れ、宇宙人に差し出した。

 宇宙人は二本の触手で、丁寧にそれを受け取った。

「どうもありがとうございます。迷惑をおかけして、こんなすばらしいものまでもらえるなんて……」

「いいんですよ」

 後藤はそう言って、宇宙人を玄関に促した。

 宇宙人は玄関先で恭しく礼をし、

「本当にありがとうございました」と言って去って行った。

 その後ろ姿が見えなくなるまで、後藤は手を振り続けた。


 アパートを出ると、宇宙人は足の中に隠していた通信機器を取り出し、本部に連絡した。

「地球についての調査報告ですが、かなり荒廃していますね。核戦争があったようです。もう放射能で汚染されてしまってどうにもなりませんよ。この星を侵略するのはよした方がいいかと思います」

 宇宙人は虚偽の報告をした。

 本来、宇宙人たちにとって地球は絶好の惑星だった。

 空気は澄んでいるし、多種多様な植物や動物が生息している。

 人間のテクノロジーもとるにたりないものだ。

 三日もあれば侵略できるだろう。

 しかし、後藤に丁重にもてなされた宇宙人は、侵略などさせたくなかった。

 地球人は親切ですばらしい生物だと思った。

 そして、かりんとうというとてもおいしい食物までゆずってくれた。

 さっそく自家製の物体複製機で、かりんとうを大量につくるとしよう。

 宇宙人は着陸させてある宇宙船に歩んで行った。

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