【ショートショート】地上へ
- 弑谷 和哉
- 9月2日
- 読了時間: 4分
左腕から血が流れていることにも気づいていない。
ダクトまであと少しだ。
放たれるビームを避けるために、テッドはかがみながら走った。
前方を行くルークが、振り返りロボットたちにビームを撃った。
雷のような音が鳴り、ロボットが爆発する音が聞こえた。
テッドはちらと後ろを見やった。
煙の中からロボットがわらわらと向かってくる。
いくら倒しても無駄だ。
ロボットは何百体といるのだから。
骸骨のようなフォルムをしたロボットが、骸骨のように歩んでいる。
頭がふっとばされても、動き続けるものもいた。
テッドがルークに「やめろ!」と言おうとした矢先、ルークの上半身が消失した。
声も出なかった。
ただ、走り続けた。
仲間は全員死んだ。
ダクトの入り口が近づいた。
テッドは倒れこむように入り、キーカードを取り出した。
すぐにロックをかけた。
扉はおそろしいほど、ゆっくりとしたペースで閉まってゆく。
永遠とも思われた時間が終わり、ガチャリとロックがかかった。
これでロボットに攻撃される心配はない。
しかし、これからが大変だ。
テッドは空を仰いだ。
無数の星が輝いていた。
地上だ。
夢にまで見た地上がそこにある。
しかしその場所に辿り着くには、百メートルほどあるダクトを上らなければならない。
テッドは梯子に足をかけた。
体力はもつのだろうか。
一歩一歩着実に上へ向かう。
もはやだれも応援してくれる者はいない。
冷たい風が吹きすさぶダクトの中をテッドは進んだ。
地上へ。
テッドの目には自然と涙が浮かんでいた。
死んでいった仲間が、支配されてきた日々が思い起こされた。
全てはロボットによって管理されていた。
人間も含めて。
人間はロボットのための奴隷だった。
いつから立場が逆転したのかはよくわからない。
ただ昔、人とロボットが戦争をして、ロボットが勝ったと聞いただけだ。
十五歳以上の人間は全て、工場で働いていた。
ロボットをつくる工場だ。
作業は細分化されていて、一生ロボットのパーツをつくりつづけるのである。
テッドはロボットの目を磨く仕事を受け持っていた。
テッドは毎日、布で眼球を磨き続けた。
そうしないと、ロボットの視界が悪くなってしまうらしい。
工場長であるロボットから電気鞭でたたかれながら、テッドは手を動かし続けた。
ロボットに少しでも反抗しようものなら、すぐに射殺された。
同僚が燃えて灰になってゆくのを何度も目撃した。
昼食には合成食品が出された。
できそないのおかゆのような食べ物である。
味はほとんどしなかった。
スプーンでかきこんでいると、アレンが話しかけてきた。
「やつらがやればいいのに」
「こんな下等な仕事、ロボットたちはやりたがらないのさ」
テッドは答えた。アレンは微笑みながら言った。
「昔は、いや大昔かな。やつらが工場で製品をつくっていたそうだ。それを人間がつかっていた。ロボットにとっては屈辱的な過去だな。そこで、俺たちはその腹いせをくらってるってわけ」
「そういう考えもあるのか」
「こんな生活にゃうんざりだろ。違うか? 今、みんなでここを脱出する計画を立ててんだ。地上の空気を取り込むためのダクトがある。そこを通って地上に逃げるんだ。そんで――」
テッドが会話をさえぎった。
「ちょっと待ってよ。地上は核戦争のせいで、何もないって聞いてる」
「デマだよ。俺たちを外に出さないために嘘をついてるんだ。地上は緑でいっぱいだし、新鮮な空気もある。空は青く澄み渡ってて、太陽が輝いてる。本で読んだ話」
アレンは最後のスプーン一杯を口に運び、皿にスプーンを転がした。
「自由を手にするんだ。俺たちといっしょに抜け出そうぜ。他にはクリストファー、ケイト、ルーク、それに――」
手がすべった。
全身に冷水が駆け抜けた。なんとか落ちずにすんだ。
手が汗でぬれていたのがよくなかった。
テッドはズボンで手をぬぐうと先に進んだ。
あともう少しだ。
だいぶ時間がかかってしまった。
夜が明けかけている。
テッドは仲間たちの意志を叶えるためにも、上り続けた。
そして、地上に辿り着いた。
テッドは雄たけびをあげた。
そして、大の字に寝転んだ。
ひんやり冷たい空気を、お腹いっぱいに吸い込んだ。
やがて、太陽が顔を覗かせた。
テッドはその雄大な姿に感動した。
これが自由だ。希望の炎だ。
テッドは照らし出された地上を眺めた。
愕然とした。
灰だった。
灰が一面に降り積もっている。
何の植物も生えていない。
何の生命も感じられない。
嘘ではなかった。
核戦争は起こったのだ。
テッドは広大な灰色の砂漠をあてもなく歩いた。
風が吹くと、テッドに灰がふりかかった。
そして、何度も自問した。
これが自由?
ロボットの眼球を磨く仕事を思い返した。
あのときのほうが幸福だった。
少なくとも今よりは。
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