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【ショートショート】地上へ

 左腕から血が流れていることにも気づいていない。

 ダクトまであと少しだ。

 放たれるビームを避けるために、テッドはかがみながら走った。

 前方を行くルークが、振り返りロボットたちにビームを撃った。

 雷のような音が鳴り、ロボットが爆発する音が聞こえた。

 テッドはちらと後ろを見やった。

 煙の中からロボットがわらわらと向かってくる。

 いくら倒しても無駄だ。

 ロボットは何百体といるのだから。

 骸骨のようなフォルムをしたロボットが、骸骨のように歩んでいる。

 頭がふっとばされても、動き続けるものもいた。

 テッドがルークに「やめろ!」と言おうとした矢先、ルークの上半身が消失した。

 声も出なかった。

 ただ、走り続けた。

 仲間は全員死んだ。

 ダクトの入り口が近づいた。

 テッドは倒れこむように入り、キーカードを取り出した。

 すぐにロックをかけた。

 扉はおそろしいほど、ゆっくりとしたペースで閉まってゆく。

 永遠とも思われた時間が終わり、ガチャリとロックがかかった。

 これでロボットに攻撃される心配はない。

 しかし、これからが大変だ。

 テッドは空を仰いだ。

 無数の星が輝いていた。

 地上だ。

 夢にまで見た地上がそこにある。

 しかしその場所に辿り着くには、百メートルほどあるダクトを上らなければならない。

 テッドは梯子に足をかけた。

 体力はもつのだろうか。

 一歩一歩着実に上へ向かう。

 もはやだれも応援してくれる者はいない。

 冷たい風が吹きすさぶダクトの中をテッドは進んだ。

 地上へ。

 テッドの目には自然と涙が浮かんでいた。

 死んでいった仲間が、支配されてきた日々が思い起こされた。


 全てはロボットによって管理されていた。

 人間も含めて。

 人間はロボットのための奴隷だった。

 いつから立場が逆転したのかはよくわからない。

 ただ昔、人とロボットが戦争をして、ロボットが勝ったと聞いただけだ。

 十五歳以上の人間は全て、工場で働いていた。

 ロボットをつくる工場だ。

 作業は細分化されていて、一生ロボットのパーツをつくりつづけるのである。

 テッドはロボットの目を磨く仕事を受け持っていた。

 テッドは毎日、布で眼球を磨き続けた。

 そうしないと、ロボットの視界が悪くなってしまうらしい。

 工場長であるロボットから電気鞭でたたかれながら、テッドは手を動かし続けた。

 ロボットに少しでも反抗しようものなら、すぐに射殺された。

 同僚が燃えて灰になってゆくのを何度も目撃した。

 昼食には合成食品が出された。

 できそないのおかゆのような食べ物である。

 味はほとんどしなかった。

 スプーンでかきこんでいると、アレンが話しかけてきた。

「やつらがやればいいのに」

「こんな下等な仕事、ロボットたちはやりたがらないのさ」

 テッドは答えた。アレンは微笑みながら言った。

「昔は、いや大昔かな。やつらが工場で製品をつくっていたそうだ。それを人間がつかっていた。ロボットにとっては屈辱的な過去だな。そこで、俺たちはその腹いせをくらってるってわけ」

「そういう考えもあるのか」

「こんな生活にゃうんざりだろ。違うか? 今、みんなでここを脱出する計画を立ててんだ。地上の空気を取り込むためのダクトがある。そこを通って地上に逃げるんだ。そんで――」

 テッドが会話をさえぎった。

「ちょっと待ってよ。地上は核戦争のせいで、何もないって聞いてる」

「デマだよ。俺たちを外に出さないために嘘をついてるんだ。地上は緑でいっぱいだし、新鮮な空気もある。空は青く澄み渡ってて、太陽が輝いてる。本で読んだ話」

 アレンは最後のスプーン一杯を口に運び、皿にスプーンを転がした。

「自由を手にするんだ。俺たちといっしょに抜け出そうぜ。他にはクリストファー、ケイト、ルーク、それに――」


 手がすべった。

 全身に冷水が駆け抜けた。なんとか落ちずにすんだ。

 手が汗でぬれていたのがよくなかった。

 テッドはズボンで手をぬぐうと先に進んだ。

 あともう少しだ。

 だいぶ時間がかかってしまった。

 夜が明けかけている。

 テッドは仲間たちの意志を叶えるためにも、上り続けた。

 そして、地上に辿り着いた。

 テッドは雄たけびをあげた。

 そして、大の字に寝転んだ。

 ひんやり冷たい空気を、お腹いっぱいに吸い込んだ。

 やがて、太陽が顔を覗かせた。

 テッドはその雄大な姿に感動した。

 これが自由だ。希望の炎だ。

 テッドは照らし出された地上を眺めた。

 愕然とした。

 灰だった。

 灰が一面に降り積もっている。

 何の植物も生えていない。

 何の生命も感じられない。

 嘘ではなかった。

 核戦争は起こったのだ。

 テッドは広大な灰色の砂漠をあてもなく歩いた。

 風が吹くと、テッドに灰がふりかかった。

 そして、何度も自問した。

 これが自由?

 ロボットの眼球を磨く仕事を思い返した。

 あのときのほうが幸福だった。

 少なくとも今よりは。

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