【ショートショート】少年と雲
- 弑谷 和哉
- 8月3日
- 読了時間: 4分
少年は空をただよう雲を観察するのが好きだった。
雲はさまざまな形をしていて、見ているものの心をあきさせない。
それはおいしそうなお菓子の形のように見えるときもあるし、ぼうしや魚のように見えるときもある。
少年はそのような雲を見つけようと、いつものように空を眺めていた。
それは小学校から家に帰る途中のできごとだった。
少年は空を眺めていた。
すると遠くのほうから、奇妙な形をした雲が流れてくるのに気づいた。それを見るなり、少年は感嘆の声をあげた。
それは、明らかに犬の形をした雲だった。
これまでにも、何かの形によく似た雲を見たことは何度もあった。
だが、今回は話が別だ。
その雲には犬の開いた口やしっぽ、すらりとのびた足などが克明に見てとれたのだ。
少年はしばらくぼうぜんと立ち尽くしていた。
こんな雲は今まで見たこともない。
だれかにこの雲を見せてやりたいと思い、近くの友だちの家に走った。
はやく行かなければ、雲が流れていってしまう。
これを見たら本当に驚くだろうな。
少年は期待に胸をふくらませて、駆けていった。
少年が曲がり角を行くと、突然、前からやってきた何かにぶつかり、ふきとばされた。
少年はアスファルトをごろごろと転がり、全身が傷だらけになってしまった。
体中の痛みで泣き出しそうになったが、なんとかこらえた。
少年が顔をあげると、目の前には一匹の犬がいた。
少年は驚いた。なぜならその犬は、さきほど見た雲の犬とそっくりだったのだ。どうやらこの犬がぶつかってきたらしい。
犬は今にもかみつきそうな様子で、こちらをにらんでいたが、やがてどこかへ行ってしまった。
その夜、少年はなかなか寝つけなかった。
それは、体の傷が痛むということもあったが、何よりも今日おきたことが不気味だったからだ。
あの雲は、僕が犬にぶつかることを教えてくれたのだろうか。
それともただの偶然だったのだろうか。
少年の頭のなかでぐるぐると疑問が渦まいていた。
それから三日ほどたったころである。
少年は下校途中にまたも奇妙な雲を見た。
今度は明らかに車の形をした雲だった。
少年は恐怖を覚え、慎重に家への道をたどった。
あの雲が自分におこる不幸の前兆であるかもしれない、と考えたからだ。
雲で描かれていたのはワゴン車だった。
車道をそのような車が走らないか、少年は注意深く見ていた。
すると、むこうからあの雲とよく似たワゴン車が走ってくるではないか。
少年はすばやく狭い路地へと避難した。
ごう音が響いた。
少年が通りに戻ってみると、ガードレールを突き破り、ワゴン車が民家につっこんでいた。
少年がさきほど立っていた場所は、その民家の目の前だった。
機転をきかせ逃げていなかったら、まちがいなくワゴン車にひかれていただろう。体中が冷や汗でぬれていた。
やはり、あれは僕におこる不幸のしらせなのだ。
僕が空を見上げ、そこに何かの形をそっくりそのまま描いた雲があったら、注意しなければならない。そうしなければ、僕は死んでしまうかもしれない。
少年はそう自分に言い聞かせたのだった。
それからしばらくたった日曜日である。
少年が自分の部屋のカーテンを開けると、ごつごつした石か岩のような形を模した雲を見つけた。
忘れかけていた恐怖がよみがえった。
少年は一日中、自分の部屋を出ないことに決めた。
幸いその日は、日曜日で学校が休みだった。
外に出たら、どこからか飛んできた石にぶつかったり、はたまた石に足をつまずかせ大怪我をする可能性がある。
少年はふとんにくるまり、ただ時がすぎるのをまった。
何度も母親がたずねてきたが、すごく具合が悪いから一人にしてほしいと答えた。
ここにいれば何もおこることはない。少年はやがて眠りに入った。
翌日、少年の住んでいたS町が新聞の一面で大きく取りざたされていた。
その見出しにはこう書かれていた。
巨大隕石落下でS町消失。残ったのは巨大なクレーター。
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