top of page

【ショートショート】少年と雲

 少年は空をただよう雲を観察するのが好きだった。

 雲はさまざまな形をしていて、見ているものの心をあきさせない。

 それはおいしそうなお菓子の形のように見えるときもあるし、ぼうしや魚のように見えるときもある。

 少年はそのような雲を見つけようと、いつものように空を眺めていた。

 それは小学校から家に帰る途中のできごとだった。

 少年は空を眺めていた。

 すると遠くのほうから、奇妙な形をした雲が流れてくるのに気づいた。それを見るなり、少年は感嘆の声をあげた。

 それは、明らかに犬の形をした雲だった。

 これまでにも、何かの形によく似た雲を見たことは何度もあった。

 だが、今回は話が別だ。

 その雲には犬の開いた口やしっぽ、すらりとのびた足などが克明に見てとれたのだ。

 少年はしばらくぼうぜんと立ち尽くしていた。

 こんな雲は今まで見たこともない。

 だれかにこの雲を見せてやりたいと思い、近くの友だちの家に走った。

 はやく行かなければ、雲が流れていってしまう。

 これを見たら本当に驚くだろうな。

 少年は期待に胸をふくらませて、駆けていった。

 少年が曲がり角を行くと、突然、前からやってきた何かにぶつかり、ふきとばされた。

 少年はアスファルトをごろごろと転がり、全身が傷だらけになってしまった。

 体中の痛みで泣き出しそうになったが、なんとかこらえた。

少年が顔をあげると、目の前には一匹の犬がいた。

 少年は驚いた。なぜならその犬は、さきほど見た雲の犬とそっくりだったのだ。どうやらこの犬がぶつかってきたらしい。

 犬は今にもかみつきそうな様子で、こちらをにらんでいたが、やがてどこかへ行ってしまった。

 その夜、少年はなかなか寝つけなかった。

 それは、体の傷が痛むということもあったが、何よりも今日おきたことが不気味だったからだ。

 あの雲は、僕が犬にぶつかることを教えてくれたのだろうか。

 それともただの偶然だったのだろうか。

 少年の頭のなかでぐるぐると疑問が渦まいていた。

 それから三日ほどたったころである。

 少年は下校途中にまたも奇妙な雲を見た。

 今度は明らかに車の形をした雲だった。

 少年は恐怖を覚え、慎重に家への道をたどった。

 あの雲が自分におこる不幸の前兆であるかもしれない、と考えたからだ。

 雲で描かれていたのはワゴン車だった。

 車道をそのような車が走らないか、少年は注意深く見ていた。

 すると、むこうからあの雲とよく似たワゴン車が走ってくるではないか。

 少年はすばやく狭い路地へと避難した。

 ごう音が響いた。

 少年が通りに戻ってみると、ガードレールを突き破り、ワゴン車が民家につっこんでいた。

 少年がさきほど立っていた場所は、その民家の目の前だった。

 機転をきかせ逃げていなかったら、まちがいなくワゴン車にひかれていただろう。体中が冷や汗でぬれていた。

 やはり、あれは僕におこる不幸のしらせなのだ。

 僕が空を見上げ、そこに何かの形をそっくりそのまま描いた雲があったら、注意しなければならない。そうしなければ、僕は死んでしまうかもしれない。

 少年はそう自分に言い聞かせたのだった。

 それからしばらくたった日曜日である。

 少年が自分の部屋のカーテンを開けると、ごつごつした石か岩のような形を模した雲を見つけた。

 忘れかけていた恐怖がよみがえった。

 少年は一日中、自分の部屋を出ないことに決めた。

 幸いその日は、日曜日で学校が休みだった。

 外に出たら、どこからか飛んできた石にぶつかったり、はたまた石に足をつまずかせ大怪我をする可能性がある。

 少年はふとんにくるまり、ただ時がすぎるのをまった。

 何度も母親がたずねてきたが、すごく具合が悪いから一人にしてほしいと答えた。

 ここにいれば何もおこることはない。少年はやがて眠りに入った。

 翌日、少年の住んでいたS町が新聞の一面で大きく取りざたされていた。

 その見出しにはこう書かれていた。

 巨大隕石落下でS町消失。残ったのは巨大なクレーター。

最新記事

すべて表示
【ショートショート】雨やどり

雨の日は、家でゆっくりとするのが一番である。  それが後藤の信条だった。  緑茶をすすりながらテレビを見ていると、ドアチャイムの音が鳴り響いた。  くつろぎの時間は、少しの間おあずけというわけだ。  後藤はカップを置き、テレビを消した。 「はいはい、今行きますよ」...

 
 
 
【ショートショート】地上へ

左腕から血が流れていることにも気づいていない。  ダクトまであと少しだ。  放たれるビームを避けるために、テッドはかがみながら走った。  前方を行くルークが、振り返りロボットたちにビームを撃った。  雷のような音が鳴り、ロボットが爆発する音が聞こえた。...

 
 
 
【ショートショート】エンピツくんとケシゴムくん

「やあエンピツくん、元気かい?」 「元気だよ。ケシゴムくん」  主人がいなくなったところを見はからって、エンピツくんとケシゴムくんは、ひそひそとおはなしをはじめた。 「今日もぼくたちは大活躍だったね」 「うん、そうだね。ぼくは数えきれないくらいの字を書いたよ」...

 
 
 

コメント


ご意見などお気軽にお寄せください

メッセージが送信されました。

Wix.comを使って作成されました

bottom of page