【ショートショート】残像
- 弑谷 和哉
- 5月24日
- 読了時間: 4分
更新日:8月3日
今日、僕は夢を見た。
その夢は、殺風景な町の中から始まった。空はどんよりとした曇り空。かすかな光が、町と僕を照らしていた。僕以外に、誰も人はいなかった。
しばらく歩いていると、遠くのほうに人影のようなものが見えた。
僕は、そちらのほうに走って行った。するとその人影らしきものは、僕から逃げるように曲がり角を曲がってしまった。僕はあとを追いかけた。
曲がり角を曲がると、もうそこにあの人影の姿はなかった。
ピピピ、ピピピ、ピピピ、……。
スマホのアラーム音で、僕は目を覚ました。いつもと変わらない一日が始まる。
洗面所に行き、顔を洗い、朝食をとる。そして制服に着替え、高校に向かう。
自転車で約二十分、いつもと変わらず高校はそこにある。
高校二年の十一月、退屈な授業。
僕は午前中の授業を睡眠で費やし、午後の授業は適当にノートをとっておいた。
下校中、僕は勉強をする意味について考えていた。なぜ勉強する必要があるのか。教師たちはこの質問に答えられるだろうか。
答えたとするなら、おそらくこのような答えだ。社会に出て行く上で必要な一般常識として。将来の選択肢を広げるため。もっと直接的に言うなら、大学に行くため。
いずれの解答にしろ、僕が満足することはない。結局は暇つぶしなのだ、全ては。習慣や風習などといった文化的なものというのは、突き詰めて考えれば何の意味もない。
そういった面倒なことで僕らは暇をつぶしていく。そして残るものは、ある程度の自由。
そのような無駄なもので自らの自由を拘束しなければ、僕らは何をしたらいいか不安になってしまう。
よく小学校の夏休みなどで出された自由研究、あれと同じだ。いざ自由といわれると、何をしていいか分らなくなってしまう。必要なのはある程度の拘束、心地よい程度の。
そんなことを考えていると、僕はいつもの踏み切りに差しかかった。
カン、カン、カン、……。
無機質に響く警笛。
僕はブレーキに手をかけ、自転車を止めた。ふと前方を見ると、線路をはさんだ向かい側に、僕と同じ歳ぐらいの女の子がいた。
彼女は黒いワンピースを着ていて、その黒髪は腰ぐらいまである。前髪も長く、少しうつむいているせいで、顔がよく見えない。全身黒ずくめといった感じで、不気味な印象を受けた。
電車が通り過ぎ、踏切が開いた。僕は自分の目を疑った。なぜなら、さっきまでそこにいたはずの彼女が、忽然と姿を消したからだ。
僕は家に向かって自転車を走らせた。あの現象は何だったのだろうか。確かに電車が来る前、彼女は向かい側に立っていた。電車が通り過ぎている間に、走ってどこかに隠れたのか。けれど、あのあと周囲を見回したが、彼女の姿はなかった。
僕は、唐突に恐怖心に駆られた。
今朝見た夢と、非常に類似しているという点に気づいたからだ。
灰色の風景。僕は誰かを探している。探すあてもないのに、必死で町の中を探し回っている。そもそも何を探しているのだろうか。
それすらもわからない。
細い路地に入り、そして抜けた。道路の真ん中に誰かがいる。近づいていくと、その誰かは振り返った。
黒い長髪、黒いワンピース。彼女だ。
彼女は僕を真っすぐに見据えた。
白い肌、淡い唇、長い前髪から覗くその瞳。
全てが薄い光に反射し、残酷に輝いていた。
彼女は、ささやくように言った。
「コインの裏の裏は表。現実とは、夢の中の夢に過ぎない」
ピピピ、ピピピ、ピピピ、……。
スマホのアラーム音で、僕は目を覚ました。いつもと変わらない一日が始まる。
洗面所に行き、顔を洗い、朝食をとる。そして制服に着替え、高校に向かう。
自転車に乗り、学校に向かって走った。
けれど僕は、ある異変に気づいた。いつもと同じ道を通ったはずなのに、いつもと同じ景 色ではない。いや、普段どんな景色か、意識していなかっただけだろうか。
僕はペダルをこぎ続けた。
やがて、あたりがぐらぐらと揺らぎ始めた。家や道路がゆがみ、だんだん形があいまいになっていく。絵の具を水でといたように、色が淡くなってゆく。景色が、ペダルが、僕自身が、溶けてゆく。全てが透明になってゆく。
誰かが、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。よく聞いてみると、あの少女の声だった。その方向へ、自転車をこぎ続けた。
呼ぶ声はまるで子守唄のようで、僕は心地よい安らぎを覚えた。
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