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【ショートショート】残像

更新日:8月3日

 今日、僕は夢を見た。

 その夢は、殺風景な町の中から始まった。空はどんよりとした曇り空。かすかな光が、町と僕を照らしていた。僕以外に、誰も人はいなかった。

 しばらく歩いていると、遠くのほうに人影のようなものが見えた。

 僕は、そちらのほうに走って行った。するとその人影らしきものは、僕から逃げるように曲がり角を曲がってしまった。僕はあとを追いかけた。

 曲がり角を曲がると、もうそこにあの人影の姿はなかった。


 ピピピ、ピピピ、ピピピ、……。

 スマホのアラーム音で、僕は目を覚ました。いつもと変わらない一日が始まる。

 洗面所に行き、顔を洗い、朝食をとる。そして制服に着替え、高校に向かう。

 自転車で約二十分、いつもと変わらず高校はそこにある。

 高校二年の十一月、退屈な授業。

 僕は午前中の授業を睡眠で費やし、午後の授業は適当にノートをとっておいた。

 下校中、僕は勉強をする意味について考えていた。なぜ勉強する必要があるのか。教師たちはこの質問に答えられるだろうか。

 答えたとするなら、おそらくこのような答えだ。社会に出て行く上で必要な一般常識として。将来の選択肢を広げるため。もっと直接的に言うなら、大学に行くため。

 いずれの解答にしろ、僕が満足することはない。結局は暇つぶしなのだ、全ては。習慣や風習などといった文化的なものというのは、突き詰めて考えれば何の意味もない。

 そういった面倒なことで僕らは暇をつぶしていく。そして残るものは、ある程度の自由。

 そのような無駄なもので自らの自由を拘束しなければ、僕らは何をしたらいいか不安になってしまう。

 よく小学校の夏休みなどで出された自由研究、あれと同じだ。いざ自由といわれると、何をしていいか分らなくなってしまう。必要なのはある程度の拘束、心地よい程度の。

 そんなことを考えていると、僕はいつもの踏み切りに差しかかった。

 カン、カン、カン、……。

 無機質に響く警笛。

 僕はブレーキに手をかけ、自転車を止めた。ふと前方を見ると、線路をはさんだ向かい側に、僕と同じ歳ぐらいの女の子がいた。

 彼女は黒いワンピースを着ていて、その黒髪は腰ぐらいまである。前髪も長く、少しうつむいているせいで、顔がよく見えない。全身黒ずくめといった感じで、不気味な印象を受けた。

 電車が通り過ぎ、踏切が開いた。僕は自分の目を疑った。なぜなら、さっきまでそこにいたはずの彼女が、忽然と姿を消したからだ。

 僕は家に向かって自転車を走らせた。あの現象は何だったのだろうか。確かに電車が来る前、彼女は向かい側に立っていた。電車が通り過ぎている間に、走ってどこかに隠れたのか。けれど、あのあと周囲を見回したが、彼女の姿はなかった。

 僕は、唐突に恐怖心に駆られた。

 今朝見た夢と、非常に類似しているという点に気づいたからだ。


 灰色の風景。僕は誰かを探している。探すあてもないのに、必死で町の中を探し回っている。そもそも何を探しているのだろうか。

 それすらもわからない。

 細い路地に入り、そして抜けた。道路の真ん中に誰かがいる。近づいていくと、その誰かは振り返った。

 黒い長髪、黒いワンピース。彼女だ。

 彼女は僕を真っすぐに見据えた。

 白い肌、淡い唇、長い前髪から覗くその瞳。

 全てが薄い光に反射し、残酷に輝いていた。

 彼女は、ささやくように言った。

「コインの裏の裏は表。現実とは、夢の中の夢に過ぎない」


 ピピピ、ピピピ、ピピピ、……。

 スマホのアラーム音で、僕は目を覚ました。いつもと変わらない一日が始まる。

 洗面所に行き、顔を洗い、朝食をとる。そして制服に着替え、高校に向かう。

 自転車に乗り、学校に向かって走った。

 けれど僕は、ある異変に気づいた。いつもと同じ道を通ったはずなのに、いつもと同じ景 色ではない。いや、普段どんな景色か、意識していなかっただけだろうか。

 僕はペダルをこぎ続けた。

 やがて、あたりがぐらぐらと揺らぎ始めた。家や道路がゆがみ、だんだん形があいまいになっていく。絵の具を水でといたように、色が淡くなってゆく。景色が、ペダルが、僕自身が、溶けてゆく。全てが透明になってゆく。

 誰かが、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。よく聞いてみると、あの少女の声だった。その方向へ、自転車をこぎ続けた。

 呼ぶ声はまるで子守唄のようで、僕は心地よい安らぎを覚えた。


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